【現場ロック番外編-悪魔の電撃バップ】

 



 

70年代の傑作マンガ“デビルマン”は、悪魔が人間の体と心を乗っ取る
という話だが
オレはそれによく似た体験をしている。

主人公の不動明は、ある日悪魔に身体は乗っ取られるが、その純粋さゆえ
心は乗っ取られなかった。
その為、悪魔じゃなく悪魔人間、つまりデビルマンになり得たのだが、
実際にそんなことが起きたら、いやいや、とてもとても。
ありゃあ心臓をもうちょいでもってかれそうだったゼ。
職人になって初めての夏、オレはあの悪魔のような200ボルトに感電した。



 

浅草橋にあった新築現場は、目の前が三角地帯になっている広い道路に
面しており、
人と車の往来が激しかった。

その日は朝から日差しが殺人的で、いつもなら割合ひんやりしている1階
も、
その日はゆだるような暑さだった。

道路に面している正面の搬入口からダンプが出入りする。

時折、警備員が大声をあげ、歩道を歩く人の列に向かい赤い誘導灯を

横に拝むように止めると、すかさずそれを回しダンプを現場の中に
バックから誘導する。

外からのダンプの警告音が現場の中でいきなり大きくなり、
それと共に床に敷き詰められた鉄板がきしみガッタンガッタン揺れながら
入ってくる。

ダンプと搬入枠すれすれの細長い光の中でサラリーマンやOL険しい横顔
を見せてじっと待っていた。

その日オレは、ダンプが止まる数メートル先に敷き詰めた足場に乗り、

まだ憶えたての溶接作業に従事していた。

両手に革手をつけ、200ボルトが流れる太く長いコードにつながれた

溶接ホルダーを持ち天井裏でバチバチ火花を散らす。

さすがにこの暑さで汗が吹き出て、作業着の下は汗で滝の様になり、
何度も足場を降り、
脇にあった作業員用の手洗い場で、頭から水を
被り被りしながら仕事をしていた。



 

やがて10時なり、「一服しようや」と職人が足場の下にやって来て、

冷えた缶コーヒーを指し示してくれた。

オレは溶接ホルダーを足場に起き、ゆっくり壁際までくると、
「ウイッス」と缶を受け取り、背中を壁にして足場にドスッと座る。

その瞬間だった!

デビルマンの悪魔は四次元から人間の体を乗っ取りに来たが、オレの場合
は、座った足場から来た。

「うおおおおおおおお~」

オレの悲鳴が頭のてっぺんから噴射する、しかし声にはならない。

何者かがいきなり暴力的にオレの体に進入してきたのだ。

鉄の足場がビ――――ンと大きく鳴りだすのと同時に、
オレの身体がガタガタ震える。

電流だ、200ボルトの電流だ。

完全に体は乗っ取られ、目ん玉はぐるんぐるん勝手に動き、心臓をかすめ
て電流が何本も上下に飛び、
直撃されると一気に心臓がはじけそうなの
で、全神経を集中させ、
心臓まわりの筋肉コンマ数ミリを微妙に動かす
事によって、
電流をなんとかよけていた。

「オイどうした!」

異常に気づいた職人がオレの肩をつかんだ。

バチッ「うわあ!」職人も感電して手を離す。

直後彼はすかさずオレに体当たりしてくれ、その瞬間、電気の通り道がは
ずれ、
悪魔のような電流はオレの体から、なにも無かったように消えた。

一瞬の放心の後、オレは「うわ」と立ち上がった。

いそぎ職人は足場に登り、オレが使っていた溶接のホルダーを拾い上げる
天井の骨組みにかけた。

オレが無造作に足場に置いたホルダーの鉄の部分と鉄の足場が触れ、

200ボルトの電流が数メートル先に座ったびしょびしょのオレの体を
感電させたのだ。

 



後で思うと死んでもおかしくない大変な事故だった。

にもかかわらずオレは、あぶねえあぶねえ、セーフセーフという感覚で、

その日は最後まで仕事をしている。

かと言ってオレの身体が平気だったわけじゃない。

わずか数秒だったが、あの時流れた電流はオレの腰と背中の筋肉を極度に
緊張させ、それが腰痛を引き起こし、オレは走れなくなった。

しかしそれ以上に心配だったのは、こういう事故で、自分の精子が死滅す
ることがありうると聞いた。

しばらく、ゆっくりしか動けない不安な日々が続いたが、数ヶ月後、肉体
の回復と共に
走る事ができるようになると、もう一つの不安もそれなら
それでいいやと言う気分で、すっかり忘れ去った。

それから4,5年が過ぎ、ひょんな事からオレはギターウルフとして海外
を飛び回る事になる。

気がつけば、それぞれの港から港でオレの子供が生まれている。
なんちゃってね、
かどうかはわからないが、とりあえず精子は
死滅してなかったようだ。

たぶんあの電流は、その後の自分のパワーを見ても、精子じゃなく体の悪
玉菌を、見事に死滅させてくれたのではなかろうかと勝手に解釈している。

最後にちょっと気になるのは、あの悪魔の様な200ボルトでオレの心は
どうなったか?

オレの心は純粋じゃなかったせいか、ちょっとタフになったかもしれない
ね、
そう悪魔のように。