【現場ロックその4―恐竜の命】

 

 

「ヘルメットよし!足元よし!今日も元気でがんばろう!!」
現場の仕事を始めて8年目の春だった。
青空の下でオレは台に立つ。現場の朝礼で号令をかけるために。
「オー!!」
オレのかけ声のもと、何百人もの職人がオレに向かって
こぶしをあげた。

 

 

 

場所は京葉線の南船橋駅前。
高速道路湾岸線の脇に建つ、日本最大の屋内人工スキー場の
建設現場、名前はザウス。
てっぺんから下までの滑走距離が480m。
地上からの高さは100mという巨大建造物だ。
オレはその現場で、壁の鉄骨下地を組む責任者を任されていた。

 

 

 

毎朝、毎朝、巨大なコンクリートの傾斜がオレの目の前に
立ちはだかる。
遠く頂上付近は光が差し込み、そこだけがまぶしい。

 

 

 

ここに次から次へと送り込まれて来たアルバイトは、ほとんどが
やめていった。わずかに残った者だけがオレの下で働いている。
みんなよくやってくれている。
「よしやるか!」タバコの火を一斉に消して立ち上がり、
1人1人が4mの赤い鉄骨を4本ずつそれぞれの肩に担いで、
コンクリートの坂道を登る。
何百本の材料をこの日の作業場にまず運ぶのだ。
おい、おい、おい、おい!!みんなの足どりが重いぜ。
背中があきらかに疲れている。
ガラガラガラ、オレはみんなの背後で、鉄骨をわざと10本持ち上げた。
「おりゃあー!!」
苦笑するみんなの横をオレはその束を持って坂道を駆け上がる。
ギャグでいいんじゃー。別にオレに一番力があるわけじゃない。
だけどオレが一番元気であらねばならない。

 

 

 

その頃オレが思っていた事。
オレの本職はロックンロールだ。
しかしそいつではまだまだ食えない。
この先も職人をやっていくことになるだろう。
ただし、この仕事がロックとは別物であろうと、
この仕事は、気合いの毎日をオレにくれる。
命がけにならなければとてもやっていけない心をオレにくれる。
ロックに生き方が大事なら、現場仕事はオレにある生き方を
教えてくれた。
きつい事こそやるべし。その中でかっこつけるべし。

 

 

 

やがて、1年余り費やしたここでの仕事がついに終わった。
オレの最後の日の昼めし後、建物の中に30人位集まった
他の責任者と共に、ゼネコンの所長の最後のあいさつを聞いた。
「これから2ヶ月かけて人工の雪を降らせます。1日1㎝ずつ
積もり60㎝まで積もらせます。みなさんお疲れさまでした。」
そして最後に、この現場の足場から落ちて死んだ職人の事に
触れてそのあいさつは終わった。

 

 

 

駅にむかう途中ふり返った。
巨大な恐竜は夕焼けの中に立ち、湾岸線と対峙して、
咆哮をあげる直前の姿をオレにみせていた。
数ヶ月後に、この恐竜はまさしくザウスとして産声をあげるだろう。
その命を与えたのはこのオレなのだ。イエー!!現場ロック。

 

 

 

おしまい。