【メンフィステネシーその2】

 

 

それから8年後、オレはメンフィス国際空港に
ギターウルフとして立っていた。
オレの2度目のメンフィスだ。

 

 

 

タクシーで、ユニオンSTにあるアドミナルベンボーモーテルに
向かう。そこでチェックインして荷物を降ろした。
今日の夜、オレ達はこの町で演奏する。

 

 

 

モーテルからエリックが働いているシャングリラスレコードに
電話した。エリックは今夜のオレ達のショーをブッキング
してくれている兄ちゃんだ。
泊まるこのモーテルも、エリックが指示してくれた場所だ。
しかし、電話で英語だと、何て言ってるのか相変わらず
わからない。
「OK!OK!今そっちに行くよ、住所教えてくれ。」
何とかオレは、このモーテルの裏側にある道、マジソンSTを
歩いて行けばたどり着くってことを理解した。

 

 

 

シャングリラスレコードの前に到着した。みんな汗でだらだらだ。
ぜんぜんsoon(すぐ)じゃねえじゃねえか、30分は
歩いたぜ。おまけにこの暑さの中、オレ達アホウは、
革ジャン革パンだ。当たり前じゃ!最初が肝心だ。

 

 

 

シャングリラスレコードのドアを開けた革ジャン三匹の登場に、
エリックは喜んでくれた。
「Welcome Memphis!!」
固い握手を交わして、オレ達は店内を一回りする。
「セイジ、夕方に迎えに行くよ。」
「OK!わかったエリック。
じゃあ、スィーユーレイターアリゲーター。」
かっこよく外に出て、また同じ道を歩いてモーテルに戻った。

 

 

 

この年1993年は、ギターウルフが初めてUSAでライブを
した年だ。シアトルから2時間ぐらい北に行ったベリングハムと
いう町のライブハウスで、ガレージショックというイベントが
行なわれた。その一本のライブにでるために
オレ達は日本からやってきた。

 

 

 

そのライブでオレ達は1日目の一発目に登場した。
ライブは何がなんだかわからないまま終わった気がしたが、
ショウの後、何人かのアメリカ人に声をかけられた。
「オレ達の町に来ないかい。」
「え!!まじ!!行く行く!!絶対行く!!」
そんなかんだで1本しか決まってなかったライブも、
全部で6箇所7公演やることができたのだ。
エリックはオレ達に声をかけてくれたそのうちのひとりだった。

 

 

 

夕方、エリックが車で迎えに来てくれた。ひどいおんぼろ車だ。
車内の天井もシートもボロボロで窓も閉まらない。
なんかやけにアメリカだぜ。
その車でエリックはちょっとしたドライブに連れて行ってくれた。
ミシシッピー川のほとりを走る。風が気持ちいい。
向こう岸の夕焼けが、川に沿ってピンクだ。
そしてこの風景にぴったりの汽船が、煙突から煙りをだして
浮かんでいる。
全然ちがう。オレは今、あの8年前の同じ町にいる。
しかしすべてが新鮮だ。
そして車はダウンタウンに向かった。到着して車を止めて、
みんなでビールストリートを歩く。その横にはあの公園があった。
あの黒人の二人組元気かな。
今思えばそんなに凶悪なやつらじゃなかったな。
8年前ブルースを求めて来た町で、今夜オレ達は
ロックンロールでぶっとばす。

 

 

 

マジソンST沿いにあるアンテナクラブで、20人ぐらいの客を
前にして、夜10時頃から行われたギターウルフショウは
無事終了した。
会場を出る。上半身裸のオレは、湯気をだしながら外の駐車場に
寝っ転がる。オレの真上を何匹もの蛍が飛び交っていた。
まるで草むらから出現した超小型のUFOだ。

 

 

 

帰り際、何人かの女の子にサインをねだられた。
オレ達ギターウルフの3人にとって、それは生まれて初めての事
だった。嬉しかった。なんと書いていいかとちょっとためらった
が、カタカナでギターウルフと書いた。
ちょっともの足りないかなと思い、いいや、剣と手裏剣でも
書いとけとそれを書いた。

 

 

 

エリックに例の車でモーテルに送ってもらう。
「ありがとう、すべてがすばらしかった。これを聞いてくれ。」
オレ達のデモテープを彼に渡して、彼の車を見送った。
そして翌朝オレ達はこの町を去った。

 

 

 

日本に帰って来て3ヶ月ぐらい経ったある日の夜。
その時の感動は、今でも忘れられない。
その日オレは現場の仕事から帰って来て、アパート一階のオレの
部屋のドアのぶに手をかけると、玄関に宅急便の不在表が
挟んである事に気づいた。見てみるとフェデラルエクスプレス
からだ。差し出しは海外から。海外?しかもメンフィステネシー。
家の中に入って電気をつけて、蛍光灯の下でその不在表を
もう一回よく見てみる。段ボール4箱。なんだろう?
とにかく電話をかけてみた。
「レコードです。レコード4箱です。」
電話にでた女の人が教えてくれた。
オレ達のレコードだ。そうに違いない。ぴんと来た。
一回エリックとファクスで連絡をとりあった時、
あの渡したテープをレコードにしたいと、そんな事が書いて
あった気がする。
「今すぐ取りに行きます。」
オレは電話でそう告げると、バイクを走らせた。

 

 

 

フェデラルエクスプレスの倉庫の前で、段ボール4箱を、
バイクの後部座席にくくり付ける。大丈夫かな。
バイクをまたいで、段ボールをオレの背中で受けとめる。
そしてそろそろ、そろそろ、ゆっくり走って帰ってきた。
到着して、段ボール4箱を玄関の前にドーンと積み上げた。
そのまま部屋にも入らず、そこで段ボールをやぶって中身を
だした。ギターウルフのレコードだ。しかもLPだ。
箱の大きさからLPだとはわかっていたが、やっぱりLPだった。
ついにやったぜ。オレ達の音がレコードになったんだ。
ウッホー!!!
表のジャケは、オレが日本から持って行った、ギターウルフの
ライブの写真を使ってやがるよ。
裏は、あの時、アンテナの楽屋で誰かが撮ってくれた写真じゃ
ないか、これは。
玄関脇の外灯が、オレの手の中にあるつやつやした新品の
レコードを、ぴっかぴっかに照らしてくれていた。

 

 

 

次の年も、その次の年も、そのまた次の年も、オレ達は
メンフィスに行ってライブをやった。
ギターウルフのアメリカツアーでメンフィスは絶対外せない。
サンスタジオにはオレ達の友達が働いている。
グレースランドにも行った。そこに飾ってあったエルビスの
ジェット機リサマリーはかっこよかった。
地元の人間しか行けないような、黒人街のブルースバーにも
行くことができた。
オレの日本の友達が結婚式をメンフィスでやった時、
みんなは彼を知らないのに、オレ達の友達だということだけで、
正装してやって来てくれた。みんなのポケットにはお米が
入っていて、それをばらまいて祝ってくれた。
メンフィスの映画監督、マイクが撮った‘ソールーザー’という
映画にも、オレ達出演しちゃったよ。
そういやあシカゴゃニューヨークでライブをやった時、
メンフィスの友達ら10人ぐらいで、車を一日かけて走らせて
オレ達を見に来てくれたこともあったけ。
すべて楽しい思い出だ。

 

 

 

アメリカでよくインタビューを受ける。
その中で、オレ達の事を日本人と知らない人もいて、ごくたまに
聞かれる事がある。
どこから来たのですか、出身はどこですか。
そんな時オレは必ずこう答えるんだ。
メンフィステネシー。