【現場ロックその2ー死刑台のエレベーター】

 

 

コンクリートはオレを完全に包囲した。
もうどこにも逃げ出せない。鉄格子の現場の仮設エレベーターは
オレを乗せてゆっくり昇っていく。金属と金属がギシギシ擦
れ合う音を聞きながら、オレは遠ざかる地上を見ていた。

 

 

 

それより数十分前の朝8時前、オレは、新橋の工事現場のビルの
前で途方にくれていた。何日か前にアルバイトニュースで
見つけた工事現場専用の派遣の会社から、前日に電話で指令を
受けてここに来た。しかし来たのはいいが、この中にどうやって
入っていったらいいのかさっぱりわからない。

 

 

 

こんなでっかいビルの現場なのに入口らしい入口がない。
身の丈3m位の白い鉄のバリケードの壁に囲まれてそのビルは
建っていた。その左側の脇に一つ、小さいドアがあった。
でもあそこは裏口のようだ。オレみたいに勝手を知らない人間は
入る所じゃないだろう。しかしそう思う目の前を職人がどんどん
入って行く。

 

 

 

あそこからかだろうか?
でもオレは職人じゃないし、受付があるもっとでっかい入口が
あるんじゃないか?工事現場といってもこんなでかいビルだし。
そう思いながらそのビルの周りをグルっと歩いてみた。
やっぱりどうもあのドアからみたいだ。よし!っと、職人の流れ
にまぎれて思いきって入ってみた。
中に入ると現場の足場が組まれていた。その間をぬって職人達は
歩いている。その背中を追いながらオレも歩いた。やっぱりあの
入口でよかったのか。じゃあこの後どうするんだっけ。

 

 

 

指令は、中に入り、日本建工と書いてある詰め所に行けという
ことだった。職人の背中と共に、足場を抜けたり、昇ったりして
いると、長方形の物置がたくさん並ぶ場所に出てきた。
まるで部活の部室のようだぜ。そのうちの一つが売店だった。
工事現場に売店がある事にびっくりした。キオスクほどじゃない
が結構いろいろそろっている。カップ麺が全面に出ていて
その脇にはチョコレートやガム、大福までありやがる。
飲み物はそろっているしアイスクリームまであるよ。

 

 

 

尋ねなければいけない場所はその売店の横にあった。
部室のプレートに日本建工と書いてあった。ドアは開いていた。
おそるおそる首から上をその長方形の箱の中に入れてみた。
そしてオレは口から声を出した。「○○から派遣されてきた○○
ですが」あいさつしながら突っ込んだ目の先に職人が数人いた。
オレの方をチラっと見た。だがただそれだけで、そのあとは何の
反応もない。ある職人はスポーツ新聞読んでたり、また他の職人
はカップ麺食ってたりだ。お兄ちゃん何気合い入れてんのって
顔をした後、またもとの方向に顔を戻しやがった。

 

 

 

ちくしょう、オレは原宿でかっこいいかっこして、かっこつけて
たんだよ、ふざけんな!

 

 

 

オレの心の遠吠えはむなしかった。オレはサングラスとブーツと
作業着でその詰め所の入口に立っていた。少しだけふてくされて
立っていた。数分後、七部に地下足袋の職人がやって来た。
目と口と鼻がキツネの用にするどく顔の中心に集まっている
アフロパンチの20代後半ぐらいのおじさんだ。
「○○の人だっぺ」「ハイ」オレは思いっきり答えた。よかった、
この人について行けばいいんだ。

 

 

 

ヘルメットをかぶって、オレとその職人は鉄の格子の扉の前に
立った。しばらく待っていたら、やがて上の方から金属音をきし
ませながら、仮設エレベーターが降りて来た。その上下は黒く
ぶっ太いコードでつながれている。まるでサーカスで見る動物の
檻のようだぜ。下の方のコードが、目の下の一段掘り下げたコン
クリートの上で、ゆっくりと、とぐろを巻いていった。
1階に降りて来たその箱の中には、おっさんが座っていた。
おっさんは座ったまま扉を開けた。ギイーーーー。
オレと職人はそれに乗り込んだ。ガチャーン、扉が閉められる。
「15階」職人が言うと、おっさんは無言で、エレベーター
にとりつけられている目の前のパネルの15という数字を、
自分で作ったらしい木の棒で、椅子に座ったまま押した。
目の前わずか30センチ位先にあるボタンを押すのに、棒を使っ
て押した。無精なおっさんだぜ。

 

 

 

鉄格子の檻がオレ達を乗せて昇っていく。階を通るごとに
いろんな職人が動いていた。階の上と下が同時に見えるのが
おもしろい。こんな光景どっかで見た事があると思った。
なんだ? アリの巣だ。小学生の頃よく見た本に載っていた
細長いガラスの箱の中に作られたアリの巣だ。
もしくは、ドリフの長屋のセットのようだとも思った。

 

 

 

エレベーターは15階で止まった。扉が開き職人が降りる。
その後をオレがついて行く。職人の腰にでっかい鉄のハサミが
ぶら下がっていた。イエー!!現場ロック。