【千鳥桜】

 

 

 

 

闇に桜が匂う。

 

オレはちどり足。
ふと気がつくと桜の下にいた。

 

 

桜並木が川に沿って続く、月のない夜。
満開の桜の花。
木の枝は川に向かって深々と垂れて、
雪のような花びらが川の上を流れていく。
川の水は静かに桜の木を映し、暗く澄んでいた。
肌の上をすべるような川の音。
それが夜の空気に溶けているようだ。

 

 

 

目を細めて大きく深呼吸をした。
「うわあ」と思った。
オレはその時、生まれて初めて桜の美しさに気づいたのだった。

 

 

 

二十歳を過ぎてちょっとした頃だった。
仕事が終わって友達とお酒を飲んだ、その帰り道に起きたショッキングな出来事。
今まで春になると必ず自分の身近にあった桜の花。
その歌を歌い、写真に一緒に収まり、

 

その木の下でさんざん駆けまわって遊んだ。
今まで何を見ていたのだ。

呆然とした。
若い自分は目の前の美しさに気がつくことができない。
そう思った。

 

 

この時以来、春になると桜の花を眺めている。
きれいだニャーってね。