OFF THE GROUND ポール・マッカートニー | 自然と音楽の森

自然と音楽の森

洋楽の楽しさ、素晴らしさを綴ってゆきます。

20140301PaulMcCartney


 ◎OFF THE GROUND
 ▼オフ・ザ・グラウンド
 ☆Paul McCartney
 ★ポール・マッカートニー
 released in 1993
 CD-0457 2014/3/1



 ポール・マッカートニー1993年のアルバムOFF THE GROUNDの再発盤が出ました。

 もちろんというか、買いました、多分このアルバムはこれで4枚目じゃないかな。

 ポールは版権がEMIからUniversal系のHEAR MUSICに移り、1980年代中頃のアルバムまでは限定盤を含めたリマスター盤が少しずつ出ていますが、その陰で(!?)、このアルバムと、それより早く次作RUN DEVIL RUNが、おまけも何もなくひっそりと再発されています。
 まあでも、再発されるだけまだいい。
 1970年代から80年代半ばにかけてのアルバムはまだ半分も出ていないですから。



 さて、これ、悲しいアルバムですね。

 何が悲しいって、ポールのアルバムでも下から何番目という「不人気」アルバムだと思うから。
 おそらく、最下位じゃないけど、ブービーかその上くらいかな。
 むしろ、いちばん下になるほうが注目されていいかもしれない、というくらいに地味な存在のアルバム。
 この後に出た2枚組のベストアルバムWINGSPANには、このアルバムからは1曲も入っていないことから、人気がない以上に、本人が気に入っていないのかもしれない・・・

 でも、僕は、ポールの中でも特に思い入れが強いアルバムで、上から数えて何番目、というくらいに大好きです!

 ひとつには当然、リアルタイムでリリースされたから。

 もうひとつ、このアルバムのツアーで来日した際に、3回の東京ドーム公演すべてに行ったから。
 そのコンサートで僕は、このアルバムを、「悲しいアルバム」と思うようになったのです。

 ポール・マッカートニーのコンサートは、まあ当然ですが、多くの人が、ビートルズの曲を目当てに行くものでしょう。
 それはそれで、ひとつの楽しみ方です。


 1993年の東京ドーム公演は、盛り上がり方が3段階になっていました。

 いちばん盛り上がるのはもちろんビートルズの曲。
 Penny LaneやMichelleなど、1990年には演奏しなかった曲で湧きました。

 次、70年代のソロやウイングス時代の曲はやや盛り上がる。
 My Loveは、これも90年にはやらなかった曲ですが、これはビートルズ並みに盛り上がったかな。
 あとは007、別の意味で盛り上がる。


 そして、当時の新譜だったこのアルバムの曲がかかると・・・盛り上がりませんでした。
 3回のコンサートのうち1回は、何でもずけずけというロッド・スチュワートが好きな世田谷の友達Sと一緒に行ったのですが、Sは、「このアルバムの曲の間は「休憩時間」だよな」と言いました。
 悲しいかな実際、前のビートルズの曲では立っていた客の多くが座ったのです・・・

 いいんだ、いいんだもん。

 へそ曲がりの僕だから、それを契機に、このアルバムがますます好きになったような気がしています(笑)。

 ちなみに、昨年の来日公演では、新譜の曲もそれなり以上に盛り上がっていて、ウィングス時代の曲はビートルズのものとあまり変わらないほど盛り上がっていたのは、時代が変わったなあ、と思いました。


 1曲目Off The Ground
 この浮遊感、グルーヴ感は、まさに空を飛ぶ心地良さ!
 軽くオーバードライブがかかったギターの音が、気持ちいい。
 だけどどこかにほのかな悲しさが漂うのは、なぜだろう・・・
 やっぱり人間は、自然に身を任せても飛べないからかな。
 それとも、地上を離れるというのは、天に召されることを示唆していたのかもしれない。
 今となっては、ですが・・・


 2曲目Looking For Changes
 動物虐待はやめようという歌。
 曲はスピーディーなロックンロールでかなりいいんだけど、そこまで言うか、という姿勢が、ちょっと・・・
 当時のポールは、そういう運動にも熱心だったようで、東京ドームで開演前に、地球環境に関するメッセージの紙も配られていました。
 まあ、そういう話に簡単に乗ってしまうのもまたポールらしさではありますが。
 ところで、90年代に「パワーポップ」なる言葉の音楽がもてはやされた時期がありましたが、これはまさにそんな感じ。
 イントロのコード進行 C-Am-Bb-Gm がとてもいい。


 3曲目Hope Of Deliverance
 「明日への誓い」という邦題がつけられていたのは、ビートルズの「今日の誓い」を意識したものでしょう。
 そしてそれは、この前にリリースされたUNPLUGGED...AN OFFICIAL BOOTLEGで「今日の誓い」が演奏されたこととつながっているのでしょう。
 UNPLUGGEDの成果を凝縮してポール一流のポップに仕上げた、いわば、「アコースティックなロックンロール」。
 だけどバラードっぽいところもある、不思議な魅力の曲。
 ポールが、サビの部分のHopeを「ホゥップ」と「ホップ」したように発音するのが強烈に耳に残る。
 その後に入るアコースティックギターの「カランカラン」という音も耳について離れない。
 そしてもちろんポップな歌メロと、とにかく完璧な曲。
 ほんとうに、どうしてベスト盤に収録されなかったのか・・・本人は好きじゃない、ただそれだけかな。
 ビルボードでもスマッシュヒットにもならなかったのですが、なぜかドイツで200万枚売れたと、ポールがプロモーションビデオのDVDのコメントで話していました。
 200万枚は分からないですが、確かにドイツでは3位になっているのは分かりました。
 でも、なぜ、ドイツ?
 1993年は、「ベルリンの壁」が崩れて東西ドイツが統一してまだ3年目、"hope"という言葉に居言う名したのかもしれない。
 分からないですが、ポール自身も不思議がっていました。
 これは、1970年代に発表されていれば「名曲」とすら呼ばれていたかもしれない、素晴らしい曲。
 僕も実際、ポールの好きな曲を上から挙げていくと29番までには入ります。


 4曲目Mistress And Maid
 数年前から続く一連のエルヴィス・コステロとの共作のひとつ。
 いろんな意味で、ポールらしくない・・・
 特に、うにょうにょしたメロディラインが。
 僕の感想はそれだけ。
 付記として、この曲のポールはジェンダー問題に対して見方が甘い、と当時は音楽誌などで言われていた記憶があります。
 

 5曲目I Owe It All To You
 いかにもポールらしい抒情的な旋律。
 アコ中心だけど、テンポはむしろやや速く、バラードというほど大人しくもない。
 でも、タイトルを歌うサビはポールの気持ちが入っている。
 きっとリンダさんへの思いなのだろうなあ。
 大好きで、イントロのアコースティックギターのアルペジオをコピーして夜中に家で弾いていた思い出が。
 あ、もちろん「フタ」、サイレンサーをしていましたが(笑)。
 これも1970年代に発表されていれば、もっと人気があったのではないかと。
 特にVENUS AND MARSのシングルではない曲の香りが強く漂ってきます。
 ところでこれ、2ndコーラスの中間部の入り口で、ポールが笑ったような声で歌うのが、ずっと気になっています。


 6曲目Biker Like An Icon
 ポールには珍しい、かなりストレートな性的表現。
 曲もポールらしくないワイルドさがあり、歌メロに破綻がある。
 バイクというからには正調アメリカンロック風の曲、でもそれもポールらしくない。
 「バイ」カー「ライ」クアン「アイ」コン、という頭韻遊びが面白い。
 ギターのイントロも印象的でこれもコピーして遊んでいました。
 僕はこの曲が、不思議と最初から大好き。
 ポールに力が入っているのを感じるし、ポールの姿が英雄的だし、歌の最後で不敵に笑うのも意味もなくかっこいいし。
 らしくないことを平気でやってしまうのもポールらしいのかもしれない。
 1993年の東京ドームのコンサートでも演奏したけど、盛り上がっていたのは、僕だけ・・・


 7曲目Peace In The Neighbourhood
 まあ、良くも悪くもアルバムの中の1曲。
 出来としても平均的、曲よりもサウンドに凝っているのもあって、ポールにしては印象が弱いかな。嫌いじゃないけど。
 SGT. PEPPER'SのFixing A Holeにちょっと似た雰囲気で、"peace"と言っているだけあって気持ちはフラワームーヴメントの頃に戻っている。
 そうか、それを20年後にやったのが昨年のQueenie Eyeなのか、今つながった(笑)。
 やhり1993年のコンサートで演奏するも、はい、完全に休憩時間でした・・・


 8曲目Golden Earth Girl
 ポールお得意の(!?)、つなぎの小バラード。
 つなぎゆえに、中途半端な印象(だけ)が残る。
 ましてや「平均的な」前の曲の後でもあり、アルバムの流れとして、この辺が少しネックかな。
 ただ、自然を謳歌するこの曲が歌っていることには、当時のポールの考えが顕著に表れていて、興味深くはあります。


 9曲目The Lovers That Never Were
 そう、このアルバムが出た頃はまだ「ロッキング・オン」誌を読んでいました。
 で、このアルバムは、エルヴィス・コステロと共作したこの曲だけが唯一の救い、これがなければ聴く価値も意味もない、などとコテンパンに書かれていました。
 そんなもんだろうか・・・
 良い悪いは別にして、僕はこの曲は浮いていると思う。
 それは、これがなければ意味がないの裏返しでもありますが、曲のタイトルの言葉の語彙からしてまずポール的ではないし。
 ただ、曲としてはいい曲だとは思います、確かに。
 悔しいけどいい曲、と書けば、僕の真意が伝わるかも(笑)。
 かなり重苦しいアコースティック主体のワルツですが、そういえばもう1曲の共作4曲目もワルツだ・・・
 ポールとコステロについては、またいつか、改めて。


 10曲目Get Out Of My Way
 これはひたすらカッコイイ!
 ロックンローラーとしての面目躍如。
 こういう曲を聴くと気分がスカッとするし、ポールはやっぱりこういう曲が似合うし、本人も好きなんだろうなと思うとほっとする。
 これはかなりいい線だと思うんだけどなぁ・・・
 この曲だけ声が少し荒れ気味で、わざとなのかな、ロックンロールだし、でもそこがかっこいい。
 やっぱりロックンロールがなくっちゃ。
 

 11曲目Winedark Open Sea
 これはですね、イーグルスのAfter The Thrill Is Goneに似ているなぁ、と最初に聴いて思いました。
 曲の雰囲気ももちろん、曲の展開までもがそっくり。
 そしてアコースティックギターの大胆なカッティングの音も。
 試しに、この曲にのせてイーグルスの件の曲を歌うと、キィは違うけど、ぴったり合うんです。
 もちろんただの偶然でしょうけど、ポールの曲が誰かに似ていると思ったのは初めてでした。
 ポールらしいバラードで、この曲もかなり好きだけど、うん、ポールのヴォーカルが、フェイクとまではいかないまでも、崩れ気味になっているのが、なんとも残念。
 もう少し曲に合わせた雰囲気で歌って欲しかったなぁ。
 3曲目の歌い方が曲にぴったりなだけに、余計に。
 まあ、敢えてそういうカタにはめたくなかったのかも。


 12曲目C'mon People
 これはいい曲だと思う。
 ストレートに世界平和を歌う姿は、まるでジョン・レノン。
 または、ジョンがもはやこのような歌を歌えないことを嘆いているようにすら感じる、力のこもったバラード。
 急いたような歌い出しも、途中でストリングスが入って2段構えで盛り上がるのも、そしてもちろん歌メロ、何もかもいい。
 いや、ほんとにいい曲なんだけどなぁ。
 曲がいったんブレイクした後の4'17"の辺りに入るギターのグリッサンドの音が「C'mon」と聞こえるのがなんだか凄いし。
 最後のほうの口笛も、ポールが体を揺らしながらいたずらっ子っぽい顔が吹く姿が容易に想像できます。
 でも、まあ、ジョン・レノンじゃないんだし、ポールが平和を真剣に訴えたところでやり過ぎ、と言われても仕方ないかな。
 ポールらしくない大仰さがあるといえばあります。
 コステロからの影響が別の方面から(また)出てきたというところかもしれない。
 

(13曲目)...And Remember To Be Cosmically Conscious...
 一度終わって、アルバムが終わると思いきや、この曲がフェイドインしてくる。
 なんかゾクゾクっとする素敵な展開。
 これは実際、ポールが1960年代後半に、ジョンのGive Peace A Chanceに影響を受け、平和を訴えて書いた曲だと言われています。
 つまりは古い曲を引っ張り出してきたわけですが、前のアルバムのツアーでビートルズの曲をやって大好評だったので、ビートルズ時代の呪縛が解けたのかもしれません。
 もちろんポール一流のユーモアというかジョークという面はあるでしょう。
 でも、当時のビートルズではもはや、そういうメッセージソングが出来ない状況だったのかな、だからジョンはソロで演奏し、ポールは発表できなかった・・・だからお蔵入りになったのかな。
 簡単なリフレインですが、雰囲気は楽しめます。



 大事なことを書き忘れてた。
 このアルバムには、このアルバムにしかない魅力がひとつあります。
 「バンド演奏の楽しさ」

 ポールは、この前のアルバムの後に世界ツアーに出ました。
 「逮捕歴」があるポールが来日出来るか、当時は政界も王室も巻き込んで話題になりましたが、1990年に晴れてポールは来日。

 コンサートツアーをするということは、当然バンドが必要ですが、ポールは、それを機に結成されたバンドを気に入っていたようで、このアルバムの前にはUNPLUGGEDも録音しています。

 このアルバム当時のバンドのメンバーは
 ロビー・マッキントッシュ(Gt) =元プリテンダーズ
 ヘイミッシュ・スチュワート(Gt)(Bs) =元アヴェレージ・ホワイト・バンド
 ブレア・カニンガム(Ds) =元プリテンダーズ
 ウィックス・ウィケンズ(Key)
 リンダ・マッカートニー(Cho)(etc)

 ウィックスは昨年の東京ドーム公演でもいたのが、すっごくうれしかった。

 ステージで見ていても、音を聴いても、ポールは、久し振りの本格的なバンドメンバーとしての演奏を心から楽しんでいることがひしひしと伝わってきました。
 ポールが楽しければ、こっちも幸せ。
 このアルバムの魅力は、そこに尽きると思います。
 曲のクオリティだって、それを楽しむには十分すぎるものですし。
 ポールはウィングス時代にもメンバーに歌わせたりしていましたが、このアルバムもある意味、スーパースター然としていない、いちバンドマンとしてのポールに触れられる稀有なアルバムともいえるのではないかと。


 そしてこのアルバムへのもうひとつの思い入れ。
 「ウチノカミサン」ことリンダさんがこの5年後に亡くなりました。
 5年あったとはいえ、コンサートでも元気な姿を見せてくれていたし、僕はリンダさんが亡くなったという報に接した時はショックでした。
 実際には次のアルバムにも参加していますが、僕の中ではこれがリンダさんの最後の活躍の場、という思いが強く、そういう意味でも大切にしてゆきたいアルバムですね。


 ただ、ポール・マッカートニーという人に求められる「とってもいい曲」が、残念ながら入っていないと判断されたことが、「どうもなあ」という評価につながっているのでしょう。

 そうだろうなあ。

 この前のアルバムの後で待望の来日公演を果たし、ポール・マッカートニーってやっぱりすごい人なんだ、と思わせた後、期待値が高めだった中で出たアルバムだから、なおのこと「とってもいい曲」がないことが痛かったんだろうなあ。

 しかも、21年前というのが、今から見ると中途半端に古くも新しくもない。
 おまけに、ポールも「レジェンド」としてはもう出来上がっていた後のいわば「余興」のような作品と捉えられても仕方がないのかもしれないし。

 ううん、そうか。
 
 もしかして、書いてから言うのもなんですが、僕はほんとうに大好きだから好意的に書いているけれど、人によっては「盛り過ぎ」と思うかもしれない。
 ということを、お断りしておきます(笑)。




 
 さて、ビデオクリップはHope Of Deliverance、邦題「今日の誓い」を。

 映像的には、森の中を歩くとポールとバンドが出てきて、アコースティックセットで歌い始めるという、自然好きにはたまらない設定(笑)。

 Epiphoneを弾くポールがさらりとかっこいい。

 途中にイメージ映像が挟み込まれていて、チベットの僧侶が乗った列車の先に、カトリック(多分)の尼さんが乗った車が踏切にはまって出られなくなり危機一髪。
 それを透視して(としか思えないあの設定は)察知したチベットの僧侶が緊急停止レバーを引き、列車は、尼さんの車の寸前で止まる、というもの。

 そのチベットの僧侶や尼さんや他大勢が、最後は森の中のポールを囲んで全員で歌う。

 一見して平和を訴えているのが分かりますね。
 宗教なんか関係ない、という思い。
 さらには、チベットの僧侶が出てくるということは・・・中国ではこのビデオクリップ、アウトでしょうかね・・・
 
 バンドは、ヘイミッシュがアコースティックのベース、キーボードのウィックスがギターと、アコースティックギターにとことんこだわった姿はやはりUNPLUGGEDを経てのものでしょうね。

 だけどやっぱり、どうしてドイツで受けたんだろうなあ。
 なんとなく分かるような、分からないような、面白いですね。