◎TUPELO HONEY
▼テュペロ・ハニー
☆Van Morrison
★ヴァン・モリソン
release in 1971
CD-0359 2013/2/7
ヴァン・モリソン5枚目のアルバム。
前回がヴァン・ヘイレンだからヴァン・モリソン、などとだじゃれのつもりはありません。
ただ聴きたくなっただけ。
ちなみに僕は、ヴァン・ヘイレンよりはヴァン・モリソンのほうが聴く機会がはるかに多いです。
ヴァン・モリソンは、いつも言いますが、その時の精神状態や彼自身が置かれた状況が色濃く作品に反映される人。
もちろん人間がすることだから誰だって大なり小なりそうだけど、彼の作風、音楽的アプローチは基本的には不変だから、彼の場合はそれが出来不出来に直結してきます。
別の言い方をすれば、ヴァン・モリソンのアルバムによる違いは、状況の違いだけと言えるのかもしれません。
ではこのアルバムはどうか。
当時、よっぽど幸せだったことが120%伝わってきます。
ここで歌われているのは、至極簡単にいえば新しい女性と出会い新しい生活を始める楽しさ。
事実、中ジャケットの写真には、どこかの牧場で、馬を背後に、柵に腰かけて女性と一緒に撮った写真があるくらい。
生活自体が楽しいものだから、歌われているテーマも生活に密着した身近なものばかりで、苦悩らしきものはおよそ感じられません。
まったくもって楽しそう、幸せ、こちらが照れてしまうくらいに、臆面もなく日常生活の幸せをいかにも幸せそうに歌っています。
このアルバムについて言えることは、はい、それだけ(笑)。
なんて冗談、そういう状況だからか、曲が充実しています。
ヴァン・モリソンは時々難解な曲を仕立て上げてきますが、このアルバムの曲はすべてキャッチーで聴きやすく、ゆえに自然と口ずさんでしまう名曲傑作佳曲揃いですね。
まあ、世の中でいいと言われているアルバムは、おしなべて曲が粒揃いだから、これはそんな基本中の基本を再確認させてくれます。
ヴァン・モリソンは前作で彼としては最大のヒット曲Dominoを出し、その前はプラティナに輝いたかのMOONDANCEだから、この頃はアメリカで漸く成功を掴んだという実感があったのでしょう。
事実、このアルバムもゴールドディスクに輝き、成功は続いていました。
音楽的にいえば、全体的にカントリー色が濃いかな。
ホンキートンクと言ったらよいのか、とにかく、アイルランドのトラッドとアメリカの雰囲気がうまく混じり合っている
あまりブルーズっぽくはない。
"Tupelo"とは、アメリアヌマミズキという木のことで、「トゥペロ」として日本でもクラフト用材を買うことができるそうですが、僕はまだ見たことがありません。
樹木好きとしてもこのアルバムには過敏に反応します。
しかし、エルヴィス・プレスリーの生誕の地が"Tupelo"ということは、つい最近知りました。
ということはこのアルバム、アイルランドから出てきた若者が、アメリカで成功を収めた上に理想の女性に出会うことができた、アメリカといえばエルヴィス、素敵なアメリカ万歳、という意味かな。
ただし、その幸せもそれほど続かなかったという話も・・・
ミュージシャンはある意味残酷な仕事かもしれない。
幸せの絶頂を音に表したとして、それがずっと残るわけで、後にその人と別れた場合は、聴きたくも演奏もしたくもないのかな。
1曲目Wild Night
彼の代表曲のひとつでしょう。
印象的なリフに引っ張られてぐいぐいと心が前に進む曲で、低音楽器がメロディアスに動く曲は僕は無条件で大好き。
歌メロも何かを突き破ったすがすがしさと分かりやすさがあって、基本的にはずっとハイテンションで盛り上がったまま進み、弾けるサビはもちろん、どこを歌っても気持ちがいい曲です。
この曲は、1993年に、ジョン・メレンキャンプがミシェル・ンデゲオチェッロ Me'sell Ndegeochelloを迎えてカバーし最高第3位の大ヒットを記録しました。
僕がMTVをよく観ていた頃で、僕はすぐに気に入りましたが、ヴァン・モリソンの曲であることはその時に知りました。
ジョン・メレンキャンプのものは、ギター弾きの端くれとしていえばリズムギターがカラカラと気持ちよく鳴り続けているのが好きですが、これは、コピーじゃないけれどオリジナルのイメージを踏襲しているもの。
ミシェルのベースのビブラートが凄くて真似したけどできなかった。
僕がリアルタイムで聴いたカバー曲の中でもとりわけ好きなものです。
それにしても、いきなり、野性的な夜、か・・・
2曲目(Straight To Your Heart) Like A Cannonball
あらまあ・・・
大砲の玉ように心を射抜くという比喩表現だけで、あとはもう何も説明は要らないでしょう(笑)。
軽快なワルツ、いつものようにハミングが印象的。
3曲目Old Old Woodstock
1971年ということで、ウッドストックの余波があったのかな。
今の平安さからみると、あの喧騒はなんだったんだろう、と。
ウッドストックを妻と子どもと訪ねて静かに歩く様子を描いた曲。
落ち着いた曲をじわじわ聴かせるのもヴァン・モリソンの得意技。
4曲目Starting A New Life
歌詞の最初のくだりは、"robin”すなわちヨーロッパコマドリが歌い始めたことで春を感じるというもの。
そしてロビンの声を聞いた春に僕たちは新しい生活を始めた。
はいはい、という感じですかね(笑)。
このアルバムはタイトルが樹木である上に鳥も出てきて、僕にはこれが響かないはずがないですね。
ところで"robin"は、ボブ・ディランの曲でジョージ・ハリスンも歌っているIf Not For Youでも、「君がいないのはロビンの声が聞こえないようなものだ」というくだりがあって、英米では幸せの象徴の鳥なのでしょうね。
5曲目You're My Woman
タイトルをかみしめるように2回繰り返して歌い始め、女性への感謝の念を綴ってゆくR&B風のバラード。
サビで”You are my sunshine”なん手垢まみれのことをて歌うのを聴くに及んで、小難しくてへそ曲がりっぽい人そうなヴァン・モリソンが、よくも恥も外聞もなく大きな声でそんなことを言えたもんだなあって、驚きを通り越してなんだかおかしくなってしまいました。
どっしりと構えている人というイメージもあったから、この浮つきようはなんだろう、とも。
だけど、その時の精神状態や状況が素直に反映される人だから、むしろ影響を受けやすい人なのでしょうね。
ゆったりと歌い進める中で奇声を上げるのにも驚きましたが、ヴァン・モリソンって、街角で平気でキッスできる人かなのかなあ、なんて、この曲を聴いてまた思いました・・・
6曲目Tupelo Honey
アルバムタイトル曲もゆったりとしたバラード。
この曲の少し前にCrazy Loveがあり、この曲のだいぶ先に僕が大好きなHave I Told You Latelyがはっきりと見える曲。
間奏のアコースティック・ギターも後者に似ているといえば似た雰囲気。
これはもちろん個性の範囲内でよいという意味ですよ。
サビというかBメロのタイトルを歌った後に入る"She's an angel"というコーラスが、音もタイミングも言葉も素晴らしい。
何を言いたいかは、言わずもがな。
こういう地に足がついてゆったりと進む曲はヴァン・モリソンという人そのものという感じがします。
7曲目I Wanna Roo You (Scottish Derivative)
歌い出しはこんなことを歌っています(引用者訳)。
12月23日、雪が積もり、きみはキッチン、僕はギター・・・
冗談ではなくほんとに幸せを絵に描いています。
この曲は女優のゴールディ・ホーンが、主にカントリー系の曲を集めたアルバムでカヴァーしていますが、そこではタイトルがI Wanna Woo Youとなっています。
"Woo"とは「求愛する」という意味ですが、調べてみると"Roo"は"Woo"のスコットランド訛りであって、だからVMのこの曲では()内のサブタイトルがついているということでした。
ゴールディのそのアルバムは1972年ですが、彼女がこの曲を歌ったのは、ヴァン・モリソンの友人が録音に参加していたからだそうです。
ワルツのこれはこの中では最もカントリー色が濃い曲。
8曲目When That Evening Sun Goes Down
ホンキートンク調の軽すぎるくらい軽やかな曲。
まったくもって夜になるのが楽しくてしょうがない、という感じ。
間奏のスライドギターが雰囲気煽っていますね。
ああ、あまりにも楽しそうでなんだか聴くのも疲れてきた(笑)。
9曲目Moonshine Whiskey
そして月夜、うまくアルバムは流れています。
ギターワークがブルーグラスっぽい滑らかなよい響き。
この場合、スペルに"Whiskey"と"e"が入るので、スコッチではなく、アメリカかアイルランドのウイスキーを意味しますが、まさにアイルランドからアメリカに来たことを表しているのでしょう。
歌詞には"heart of Texas"ともあるし。
早い部分とゆったりした部分が交互に繰り返されますが、途中終わると見せかけてまた始まるのが、この幸せな世界に少しでも長くひたっていたいという思いの表れと感じます。
最後はしかし潔くすぱっと終わるのはメリハリがあっていいですね。
彼女がくれるのはどんな素敵なウイスキーなんだろう。
ヴァン・モリソンは、お酒が好きな人は聴かなければならない、と法律で定めてほしいくらいですね(笑)。
ちなみに僕はお酒は特に好きではないけれど。
そしてヴァン・モリソンは月が大好きなんだなぁ。
まるでのろけを聴かされるような幸せなアルバムが終わります。
現行のリマスター盤には2曲のボーナストラック収録。
10曲目Wild Night
こちらはTr1の別テイクで、ラフだけどノリはこっちのほうがいいように感じます。
11曲目Down By The Riverside
トラッドだけど、やっぱりいかにもヴァン・モリソンらしい曲。
のろけだの臆面もなくだのやっかみ気味に書いてきましたが、音楽を聴いてとにかくハッピーになりたい、幸せのおすそ分けにご相伴預かりたい、そんな人にはうってつけの1枚です。
というのは、おそらく、ヴァン・モリソンを聴かれない方からするとイメージが違う、意外と感じるかもしれません。
でも、だけど、ヴァン・モリソンだって、基本はポップな人ですからね。
繰り返し、曲も口ずさんで楽しいものばかりで、ほんとうに充実しています。
僕が、ヴァン・モリソンをあまり聴いたことがない人に彼のアルバムをおすすめするとすれば、MOONDANCEかSTREET CHIORかこれ、もしくはAVALON SUNSETかな、というくらいの充実ぶりです。
「幸せ」を音楽で表したひとつのかたちが、ここにあります。