HARD BARGAIN エミルー・ハリス | 自然と音楽の森

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自然と音楽の森1日1枚-May31EmmylouHarris


◎HARD BARGAIN

▲ハード・バーゲン

☆Emmylou Harris

★エミルー・ハリス

released in 2011

CD-0064 2011/05/31


 エミルー・ハリスの今年4月に出た新譜はスタジオアルバムとしては21枚目になるようです。


 僕がエミルー・ハリスを聴き始めたのは最近のことで、あのマーク・ノップラーとの素晴らしい仕事がきっかけでした。

 その前に既に2枚組編集盤のANTHOLOGYを持っていはいましたがそれは市内の大型CD店の閉店セールで安く買い求めたものでほんとに買っただけも同様でした。


 エミルー・ハリスはカントリーに分類される歌手だと思います。

 僕は広い意味でのカントリー系は普通に聴きますがあくまでも洋楽の選択肢の一つであってソウルのように傾聴しているというほどではありません。

 しかしその上で話せばエミルーの新譜はまるでカントリーではありません。


 エミルー・ハリスが元々そういう人なのかと言われればそうではない。

 新譜が出たのと同じ頃にWARNER系の5枚のアルバムを(チープな)紙ジャケで再現したセットで彼女の2ndから6thのものが出たので買い求めてひと通り聴きました。

 そこに収められた初期のアルバムの音は逆にいかにもカントリーっぽい響きと雰囲気で満たされていました。

 さらに新譜が出てから一昨年に出たひとつ前のアルバムを聴き直したところ当時の印象と記憶通りでこれならカントリーと言えるという音作りでした。


 新譜を聴きながら考えました。

 彼女はカントリーにこだわっていない、そして彼女はカントリーを出発点として彼女なりのアメリカ音楽の旅に出ていまだ完遂していないのではないか。


 そう考えると新譜はきわめて自然に響いてきました。

 

 エミルーのアルバムは初期のその5枚とその後の80年代中ごろまでの2枚、それから飛び飛びに数枚とを持っていますが、だからといって彼女の音楽のここまでの道のりを把握しているわけではありません。

 その間にドリー・パートンとリンダ・ロンシュタットと組んで3人で出したアルバムはアメリカでは売れたことも知っていて彼女の名前はそこで覚えましたが、当時は興味がなくいまだにリマスター盤が出ていないのでそれは聴いていません。


 マーク・ノップラーとの仕事はアメリカ音楽の心を求めていた英国人のマークがその心を自分の音として具現化するにあたりもっとも理想に合う声の人を求めた結果がエミルーだったということは当時聞きました。

 前作が少しカントリーっぽかったのも旅の途中でちょっと立ち寄ったという感じでそこに戻ったというわけではないのかなと今聴き直して思いました。

 だからこのアルバムを聴いてある意味ロビー・ロバートソンの新譜と同じ土台を感じました。


 新譜は音的には僕が聴いたものではダニエル・ラノワがプロデュースしたアルバムに近い響きがあります。

 ゆらゆらして横に広がってゆったりしているけど強い音ですね。

 これはしかし前作も音としてはそうですが新譜は曲の構成や雰囲気にカントリーっぽさが希薄です。

 でもということは彼女はこの音に今のところ居心地の良さを感じているのでしょうね。


 ゆらゆらと揺れる音に乗って歌うエミルーの声は、この世でもないあの世でもない空でも大地でもない分からないけど確かにあるどこかから響いてくる漂うような声です。

 不思議といえば不思議だし恐いといえば恐い、でも透き通っていて高い所から広がってゆくような声です。

 音を高く伸ばしてちょっとだけ裏に入る声は彼女のトレードマークでありこの声を聴くと心を削られるように感じます。


 そしてエミルーはある意味達観しているんだなと思いました。

 アメリカ音楽の旅に出たもののいまだに自分の行き着く先が見えていない、見えたと思って近づくとそれは理想郷に過ぎなかった、そんな経験を繰り返してゆくうちに自分自身がひとつの世界になってしまった。


 彼女はある意味アメリカをさまようゴーストのような存在なのかも。

 印象的な白髪はそのことを象徴しているように思うけど、彼女自身も髪の毛が白くなってきてからそろそろ浮世とは離れた理想の世界を歌ってみようと覚悟したのかもしれない。


 このアルバムを聴いてエミルーの歌手としての凄味を感じました。

 それは歌唱力とかそういう次元ではなく存在そのものが。

 恐いというのは畏敬の念であり近寄りがたいという意味で別にオカルトチックだったり暴れ回っているというわけではありません。

 

 エミルー・ハリスは笑顔を見せない人ですね、似合わないと言ってもいいかもしれない。

 ジャケットの写真を見てもどこか影を引きずったような写真ばかりで微笑みはするけど顔を崩して笑うことはない。

 内容はおかしなことを歌っていてもそれを自分が真剣に歌うことによりその事象のおかしさとは別の側面を見せたいのかもしれません。


 でもきっと笑顔はチャーミングな人に違いない。

 いつか彼女が自分のいるべき場所を見つけた時は、きっと大きな笑顔で歌ってくれるでしょう。

 それは理想の中にあるのか現実にあるのか分からないですが。


 このCDを聴くと崇高なものに接した時のように心が浄化されるのを感じます。

 だからこれは気軽に聴けない心構えが要るし、かけてからその時の気分に合わなくて止めることも最近買ったCDの中では群を抜いて多いです。

 何も考えずに楽しく聴ける音楽、もちろんそれは素晴らしい。

 だけどこんな音楽だってあってもいいしそれはもちろん素晴らしい。


◎このCDこの4曲


Tr5:New Orleans

 エミルーがアメリカ音楽を求めてさまよっていると感じたのはこの曲があるからです。

 やはりニュー・オーリンズはアメリカの音楽の心の地なのでしょうね。

 ホップするような明るくて僕は最初に聴いていちばん印象に残った曲です。


Tr6:Big Black Dog

 これはコミカルな響きでコントなどに出てきそうなカントリーらしい曲ですが、それを笑顔ひとつ見せずに押し殺した声で歌うエミルー。

 この曲を最初に聴いて僕は恐い人だなという思いを新たにしました。


Tr8:Hard Bargain

 タイトルは「有利に交渉を進める、値切る」という意味だそうで。


Tr9:Six White Cadillacs

 アメリカらしいモチーフの明るい曲で「へいへいへぇ~い」と歌うエミルーにはどこか寂しさも感じます。

 これはカントリーらしい曲だと思います、他の人が歌えばもっと。