ZEST 記念すべき日の渋沢ストリートライブ!(2022.6.8追記) | Feel Sound & Life
ちょっとというか、またかなり間が空いてしまい本当に遅くなってしまいましたが、
小田急渋沢駅ZARD駅メロ開始イベントの続き、ZESTの2014.12.23渋沢ライブレポです。

長い一日だったので思い出しながらチョロチョロと書いていたら、書いてる時間と
文章自体がまたまた長くなってしまいました。いつもすみません!(笑)



和さん率いるZARDトリビュートバンド“ZEST”が坂井泉水さんの故郷で
ZARD駅メロ開始記念の公式イベントライブ。

ZESTと言ってもこの日はリーダーでギターのT@Kさん、ドラムの山ちゃん
コーラスのsachiちゃんの3人が欠席になってしまい、
ギターはMASA君一人、ドラムはサポートの方で、記念すべき
晴れの日の舞台がオリジナルZESTでないのはとても残念でした。
でもそれは参加出来なかったメンバーの3人が一番悔しかった事と思います。

しかし、この渋沢でZESTがZARDを演奏し歌うなんて、もうそれだけで万感の想いが。
今回初めて降り立った坂井泉水さんが暮らしていた渋沢の街で、
駅メロの開始記念日、ZESTのZARDソングライブのその場に立ち会えたことは
ZARDファンとして忘れられない最高の思い出の一日となりました。




駅前2リハ1

感無量の秦野西中学校吹奏楽部の素晴らしいアンサンブルを聴いた後、
ZESTがリハしているというライブ会場の商店街の方へ向かうと既に多勢の観衆が!

リハ2リハ3

到着してまず目に飛び込んで来たのは
和さんのオレンジのウールセーターにブルージーンズのいでたち!
まさに“マイ フレンド”のコスチュームで気合いは半端ないと思いましたよ。
しかし、てっきりリハだと思ってたらもう本番始まっていました。(^ ^;)

でもギターのまさし君が遅れているらしく姿がありません。
なので私はこの時はまだリハだと思ってたんです。(笑)


そう既にハプニングが起きていたんです。

リハ5

やがてまさし君到着!すぐにセッティングしてバンドに加わりました。
やっとこの日のメンバーが揃ったのですが、次の曲が始まると
なんと今度は機材のトラブルに見舞われたのです。(笑)

リハ4リハ6

ギターの準備が出来ると演奏開始!“負けないで”のイントロが始まりました。
しかしベースとキーボードが高らかに響いてますが、ギターの音が全然聴こえなくて
和さんが「すみませ~ん!ギターが鳴りませ~ん!」といってストップさせました。(笑)

ギターアンプのヴォリュームをいくら上げても音がメチャ小さいのです!
がしかし!ライブを長々と中断させる訳にも行かないので間もなく再開しました。

1部11部2

でもやはりギターの音は殆ど聴こえず、和さんの歌とキーボードとベースが主軸の
サウンドです!サポートのドラムの方が遠慮がちなのか?
ドラムの音もとても小さくリズムがあまりハッキリしないバランスのサウンドに。

1部31部4

そんなトラブルの演奏の中、和さんは一生懸命歌っていて
MCもいつものZESTライブの様に緊張してる様子も無くて
“揺れる想い”のギターリードソロが聴こえなくて「まさしガンバレ!」と
掛け声でお母さんの様に励ましたりして微笑ましい所も!

1部5

ギターが加わって3曲目の“心を開いて”まではギターの音が殆ど聴こえず
和さんは何だかんだまさし君をフォローしたり攻めたてたりしてその場を凌いでました。(笑)

1部6

“IN MY ARMS TONIGHT”になって少しだけギターの音が大きくなって来ました。

1部71部8

和さんが次は駅メロ人気投票の中で唯一シングルではない曲と紹介して
一部のラスト“あの微笑みを忘れないで”
ギターの音は最後にしてだいぶ大きくなって来ましたがまだ小さい。
ドラムもやはり小さくて、手拍子の方が大きかったイメージでしたね。(笑)


この後の2部ではギターアンプにマイクを当ててPAから出して音量は無事解決。


商店会会長あいさつ

一部が終わるとライブに感激して飛び入りしてくれた?渋沢駅前商店街の会長さんから
直々にご挨拶がありました!あの記念式典で記念プレートを掲げていた方です。
「本当良かったですね!駅メロ実現は皆さんのおかげです!」と締め括った後、
会長さんからの提案で会場のみんなとバンザイ三唱!
このサプライズに和さんも「ビックリしましたね~!有名人に会った気分」と言ってました。

この後、駅前商店街から記念かるめ焼が無料で配られるという嬉しいサプライズも!

記念カルメ焼

せめて記念ピンズの代わりにと、有り難く記念かるめ焼をゲットしました。


●1部セットリスト

1.あなたを感じていたい
2.My Baby Grand~ぬくもりが欲しくて~
3.君に逢いたくなったら…

4.負けないで
5.揺れる想い
6.心を開いて
7.IN MY ARMS TONIGHT
8.眠れない夜を抱いて
9.あの微笑みを忘れないで




犬の戯れ

ZARD曲ライブに渋沢のワンちゃん達もご機嫌でスタンディング!(笑)

カード

負けないでと揺れる想いの記念プレートは、今年駅前ロータリーに設置されるそうです。



2部はピアノ伴奏のみによる“pray”で始まりました。

この日は快晴のZARD日和でしたが放射冷却の厳しい寒さ。
日向はポカポカと暖かいのですが、この商店街メインストリートはお昼でも日陰に
なってしまいとても寒かったです。2部は和さん白いコートを着てスタートしました。

2部1

朝から何も食べてなかったので
MCでお薦めされた温か~い美味しい豚汁を頂きながら
バンドパワーがアップした2部の演奏を楽しませてもらいました。

2部22部4

坂井泉水さんが渋沢の街を思い描いて作った曲と紹介して始まった“Season”は
泉水さんがこの地で暮らしていた頃の情景がフワッーと瞼に浮かんで胸がいっぱいに。

2部5

ライブはセトリをMCでは出さずに進行するつもりだったようで、1部でもありましたが
思わず曲名を言ってしまい「あっ言っちゃった!」と和さん毎回反省してましたね。(笑)

2部7

2部ラスト2の“揺れる想い”のイントロギターは寒さで指がかじかんだのか?
最初の♪タリラタリラタリラ~がたどたどしくなってしまい、
和さんが「ちょっと待って!それじゃワタシ歌えないな~!」と
ここでもイントロでストップが入いるハプニングが!(笑)
会場からはまさし君に「ガンバレー!」と声援が贈られ再度仕切り直しました。

2部82部9

ラストはエンディングで「ZARD駅メロおめでとうございまーす!」の言葉で
“負けないで”が終わるとすぐアンコールの喝采が沸き起こりました。

しかしアンコールを想定していなかったようで、アンコール曲は用意しておらず
“マイ フレンド”を再び演奏!
和さん珍しく歌詞を1番と2番とで間違えて悔しがってましたが、
歌詞を暗記していない私は言われなければわかりませんでしたね。(笑)

2部10

アンコール2曲目はピアノのヒメちゃんからのリクエストで“心を開いて”

幸さん登場

そしてアンコール最後の曲の前で、この渋沢ZARD駅メロ実現の最大の功労者である
駅メロ推進プロジェクト代表の幸さんがステージに呼ばれ感無量でご挨拶されました。

挨拶の後、和さんの粋な計らいで、幸さんが“負けないで”を歌うことになり、
最初恥ずかしがりながら歌っていましたが、堂々とした歌いっぷりで気持ちが溢れました。
後半は和さんのリードで会場全体で大合唱!渋沢ライブ感動のエンディングに。

最後、商店街会長さんの「皆さん、またこの街に来てください!ありがとうございました!」
との言葉でこの日の全てが終了しました。

最終的にかなり多勢の観客動員、ZESTのワンマンよりも多い人出で、
実際カウントはしてませんが延べ200人近くになった様に思います。(笑)
ただ、やはりお馴染みのZARDファンの方が多くを占めていたようにも感じて、
地元渋沢の方が少なかったのではないかと思えました。地元の人にもっと来て欲しかった。
実際、この日ZARD駅メロ開始を知らなかった地元の方が多かったらしいです。
だからライブイベントがある事も輪をかけて知らない人が多かったんでしょうね。

●2部セットリスト
1.pray
2.マイ フレンド
3.Season
4.Don't you see!
5.Good-bye My Loneliness
6.揺れる想い
7.負けないで

アンコール
8.マイ フレンド
9.心を開いて
10.負けないで

撤収

私は幸さんとは面識がなかったので、この日初めてご本人の姿を拝見しましたが、
本当終始笑顔で温和な優しい感じが全体に滲む素敵な方でした。
2011年から始まった駅メロ推進活動は賛否両論巻き起こって先行き険しい紆余曲折の中、
晴れてこの日を迎えるまでの長い時間、幸さんはじめプロジェクトメンバーの皆さんは
話したら一晩では足りない程、本当に大変なご苦労をされたと思います。
ただただこの渋沢で泉水さんの曲が流れて欲しいというZARDファンの一途な想いだけで、
ZARD駅メロを本当に実現させた、その弛まぬ熱意ととてつもなく大きな功績に、
駅メロ活動メンバーとそれをバンド活動でサポートしていたZESTのメンバー、
そしてずっと応援していたZARDファンの皆さんを心から讃えたいと思います。


そしてライブ終了後、近くのお店でオフ会が開かれました。
私は夜にはXmasケーキを取りに家に戻らなくてはならないから、
どうしようかと思っていたら、Tさんがこの後ライブ参戦予定で
1時間ほどの参加だというので、二人途中退場組として参加しました。

ここでもプロジェクトメンバーのお三方
Tさん、大阪のjさん、sさんはじめ、知っている人は4~5人。
ZESTワンマンのオフ会以来でご一緒させてもらいましたが、
他の参加者はZ研の方など私は知らない初めての方ばかりでした。
しかし、嬉しい事にZESTのメンバーも先に帰ったヒメちゃん以外の
和さん、遠ちゃん、まさし君、ジュンジュンが後から来ました。

先ほど初めて見た駅メロプロジェクト代表の幸さんが偶然近くに座り、
初めてお話する事も出来、駅メロ活動について少しお話が聞けたりして
短いながらもとても楽しい時間を過ごせました。

しかし!この時、ZARDファンにとっては超貴重な新発見の品を見る事となったのでした!
オフ会に参加された中のお一人が持参され、集まった皆さんに見せてくれたのです。

私も含めオフ会に参加した全員がもう驚愕の眼差し!目の色を変えて飛びついたのが
下の写真です!あのZARD伝説の初ライブ!東海大学学園祭ライブチケットだったのです!

ライブについては2007年にネットでライブレポなどを見て内容も知っていましたが
チケットが存在する事はここに居た誰もが知らず皆んなチケットにたまげていました!(笑)

東海大ライブチケット

チケットの記載内容は

第1回愛鷹祭 ~初めてだからやさしくしてね♡~
「Zard LIVE IN TOKAIUNIV. “GOOD-BYE MY LONELINESS”」
DATE:1991年11月3日(日) 
PLACE:東海大学沼津校舎体育館
START:PM4:00~
PRODUCE:東海大学愛鷹祭実行委員会
Zard CONCERT TICKET 前売り券 ¥1.500/当日券 ¥1.800

東海大学ライブチケット画像

所持していた方は、この東海大学学園祭ライブをリアルで観たわけではなく、
2009年に東海大学に第1回愛鷹祭のZARD学園祭ライブについて問い合わせをしたら
今も残っている未使用チケットの存在を知らされて譲ってもらったとの事でした。
その時は青いチケットは残り少なかったけれど、緑のチケットは沢山残っていたらしいです。
合わせて第1回愛鷹祭の詳細な運営資料書類一式とチケットの証明書も持っていて驚きでした!

伝説の東海大学ライブのチケットがあるなんて、そのライブを観たと言う生き証人的な
ZARDファンも今だネットで拝見した事も無くて、当時の伝聞ソースからのライブレポと
ライブでOAだった関ゆみ子さん(現在は有馬ゆみこさん)が訃報直後にブログの
追悼コメントの中で語っていたライブ時のエピソードだけでしょうか?
ネット上にはそれが残っているだけのようです。
たぶん今迄チケットの存在なんて誰も知らなかったんじゃないかと思えますね。

そんなチケットの存在と貴重なチケット実物を、記念すべきこの日のZARDオフ会で
自分の目で見る事が出来て本当に感激しました。



※因にネットに残っている東海大学学園祭ライブレポと
関ゆみ子さんのエピソード部分を転載しておきます。

≪ZARD 東海大学沼津キャンパス学園祭ライブ≫
~1991年11月3日~
もう1つがここで特集する東海大学沼津キャンパスでの学園祭ライブです。
このライブは開校間もない沼津キャンパスの1991年の学園祭で行われたもので、
大学関係者と所属事務所の社長さんが知り合いだったということがきっかけで実現したそうです。
チケットは1,500円という今では信じられない価格だった上に、
売れ残ったために直前にはなんと500円まで下がっていたそうです。
(まあ、当時の知名度からするとこんなものでしょうか…。)
メンバーはデビュー当初の5人で、泉水さんは白のシャツの上に黒の短いジャケット、
下は黒のホットパンツ姿で黒のブーツを履いていたそうです。演奏曲順は以下の通り。

1曲目「こんなに愛しても」    
2曲目「Lonely Soldier Boy」    
3曲目「もう探さない」    

(MC) 「Good-bye My Loneliness」の曲紹介中に客席から「知ってるよ!」との声。
泉水さんは「ホント!?」と嬉しそうな表情だったとか…。(^_^)    

4曲目「Good-bye My Loneliness」    
5曲目「女でいたい」    
6曲目「不思議ね…」    

(着替え)ちょっと時間がかかってしまったらしい…。(^_^;)
道倉さんの合図による会場からの“泉水コール!”にのって再登場!    

7曲目「Oh! Sugar Baby」    
8曲目「恋女の憂鬱」    
9曲目「愛は暗闇の中で」    

(アンコール1)
会場からの“アンコール”の掛け声に、他の4人のメンバーに続いて泉水さんも再び登場!    
10曲目「もう探さない」    
11曲目「It's a Boy」    

(アンコール2)      
12曲目「Good-bye My Loneliness」

(この情報はよっしーさんからご提供いただきました情報をもとに管理人がまとめたものです。
不備等がございましたら管理人まで。また、情報をご提供していただきましたよっしーさんには
この場を借りて御礼申し上げます。m(__)m)


<以上>

*2007年5月28日 ありまーな毎日/有馬ゆみこ
「悲報」東海大学ライブ時エピソード部分のみ抜粋

実はZARDの坂井さんは、私の音楽活動においての
青春そのもののような人です。

私は幸運なことに、学園祭ライヴを、ZARDと同じ大学で行なうことが出来たのです。
朝、キャンパス入りした私に、坂井さんはニコニコと「早いから眠いね~」と
話しかけてきてくれました。

楽屋は違いましたが、本番前、私の楽屋にひょいと顔を出して
「乳液持ってたら貸して~」と聞いてきました。
本番前の緊張で、私が返事をしたのかどうかほとんど覚えてないですが、
多分、私のほうのスタッフの女性が、坂井さんに乳液を渡したんだと
思います。
(訂正:私たちの間でも誰も乳液は持っていなかったようです・・・)

坂井さんの本番のステージは、ナチュラルというより、ロック色の強い
演出になっていたことを覚えています。
男性だけのバンドで、紅一点、ZARDって不思議な存在だよなぁ、
なんて思っていました。
私のほうは、ナチュラル、ちょっとカントリーテイストでやっていましたね。

涼しげで、目元が印象的な、とても綺麗なひとでした。
なんとなく、今にも笑い出しそうな、でも微笑んでいるわけではない、
独特な瞳の表情なんです。

その後のZARDの大活躍は皆さんもよくご存知ですね。


<以上>


ZARD初ライブはクラブクワトロなどで行われる予定だった
東名阪ライブツアーで、チケットを発売したものの中止になりました。
なので実質的な初ライブは1991/11/3限りの東海大学学園祭でした。
記念すべき初ライブはWアンコールだったんですね~!
泉水さんは白のブラウス黒のショートジャケットに
黒のホットパンツ&黒ロングブーツという衣装でロックしてます!
Mステ出演の時よりハードなコスチュームだったんですね。
ハードロックナンバーが半分ですからきっとかなり盛り上がったんでしょう。

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✴︎<2022年6月8日追記>
ネットで拾ったZARD東海大学園祭ライブのレポを上記に載せていましたが、
実はその元レポを書いた本人でこのブログにも来てくれたおにまる大兄さん
(レポ当時はよっしーというHNで、後々此処に来られたいちさんと
寮仲間で同じ部活部員の学園祭スタッフ)の貴重なオリジナルレポートの
アーカイブをなぜか発見して保存していましたが、なぜか
ずっ〜と見過ごして忘れていました!改めてここに追記載いたします!


え〜ZARDのホントのファースト・ライブレポートである。

どこから話そうか。本番当日の数ヶ月前からにしようか。

 さて話は1991年の7月である。当時、東海大学開発工学部の1年生であった僕は学生自治の仕事をしており、学園祭の準備に追われていた。開発工学部は静岡県の沼津市にあり、独立したキャンパスを有していた。また1991年開学のため、このキャンパスには1年生しか存在しないため、学園祭の予算も少なく、どのようにしたら少ない予算で盛り上がるか?毎日、会議の連続であった。大学の学園祭といえば芸能人やミュージシャンを呼んでのライブである。しかし、少ない予算では大物や有名なミュージシャンは呼べない。かと言って、無名の新人を呼んで、果たして盛り上がるのか?観客を呼べるのか? 話は連日、深夜まで続き、あるひとつの結論が出された。「今年はライブをやめよう」。話はこの方向で進むはずだった・・・・・。

 時間は流れて、9月。一度、学園祭の準備委員会から私用で離れていた僕はとんでもない事実を知らされた。「アーティストを呼ぶ」というのである。話が違う、と僕は抗議しかけたが、既に決定事項であり、アーティスト側にも学園祭ライブを打電し、オッケーをもらっているとのことだった。もはや、反対する段階を過ぎていたのだ。僕は、何か釈然としないものを感じながらも「で、誰を呼ぶの?」と聞いてみた。帰って来た答えが、「ZARD」であった。予算は120万円。今にして思えば、冗談のように安い金額である。

 当時ZARDは既にアルバム1枚、シングルを2枚リリースしていたが、僕もそのバンド名とデビュー曲である「Good-bye My Loneliness」をかろうじて耳にしていた程度であり、大半の学生が、「ZARD?誰それ?」とか、「ZARDって何?バンドなの?」という状況であった。これらの反応を知って僕は不安を覚えたが、法学の助教授のコネであることを知っては、強い反対もできない。決定に従うことにした。

<ライブ当日>
 ライブがおこなわれたのは1991年11月3日であった。心配した通り、チケットの売れ行きはあまりよくない。これも今となっては信じられないことであるが・・・・。チケットは当初、1500円で売り出されたのだが、あまりに売れ行きが悪いため、やがて1000円となり、最終的には500円となった。
 さて、ライブ当日の僕の仕事は、会場内の警備である。従って、会場にはタダで入れるのである(笑)。ステージの両サイドに、巨大なスピーカーが設置され、ステージ上にはモニタースピーカーや、ドラムセット、キーボード、マイクスタンドがローディーたちの手によりセットされてゆく。アリーナ席後方にはミキサーが設置された。開場時間は、確か、午後6時だったと記憶している。そして、僕らもスタンバイした。僕の位置はステージ正面の真下である。要は、一番オイシイ場所だ。そして、午後6時。観客が入場してくる。しかし、やはり客は少ない。150〜200席ぐらい用意していたのだが半分ぐらいの入りであった。
 さて6時半、ライブスタートである。オープニングアクトを努めてくれたのは、1990年デビューの関ゆみこである。残念ながら彼女のライブでの演奏曲はあまり覚えていないが、ちびまるこちゃんのオープニングテーマであった「ゆめいっぱい」をはじめ、「電車」、「Stay Sweet」、「A Spoonful of Joy」、「Spring Time」などを披露してくれた。ちなみに関ゆみこは、11月3日が誕生日であり、奇しくも彼女のバースディライブとなった。彼女のオープニングライブ終了後、少しの休憩時間を挟んで、いよいよ、ZARDの登場となった。

 ステージ上の中央にはさっきまでなかったハズの脚の長いイスが1脚置かれている。会場の客電が落とされ、メンバーが、スタンバイする。ドラムの道倉康介によるカウントが入ると、ステージはブルーの照明が入り、オープニングナンバー「こんなに愛しても」のイントロが流れ始めた。するとステージ向かって左側からヴォーカルの坂井泉水が登場。ゆっくりとした歩調でステージ中央へ歩く。僕は、その瞬間、2度の驚きを経験することになった。まず、新人なのにオーラが違う。圧倒的な存在感。それでいながら、まわりを威圧するふうでもなく、優しさと暖かさを持つ不思議な魅力。そして、♪約束、忘れたの 真夜中過ぎのあなたの部屋で〜♪と歌い出す。当時、新人=下手くそ、という方程式を持っていた僕は、完全にノックアウトされた。上手い、いや、素晴らしい。1曲目から完全に引き込まれてしまったのだ。間奏で彼女はマイクをスタンドからはずし、イスに腰掛ける、というより寄りかかるようにして、2番を歌っていた。このときの衣装は、黒いロングブーツに、黒いショートパンツ。脚は生脚だ。そして上は白のタンクトップに、丈の短い黒いジャケットのようなものを着ていたと記憶している(が、僕は服飾関係の言葉に明るくないので、違っていたらゴメンなさい)。タンクトップ以外は、エナメル系の素材である。彼女が動くたびに、スポットライトの光が乱反射して美しかったのを覚えている。キレイな髪はストレートであった。2曲目は、先ほどとはガラリと変わってアップテンポなナンバー「Lonely Soldier Boy」である。ヴォーカルのスタイルも一変させて、力強く、激しく歌いあげていた。3曲目は発売直前だったミディアムナンバー「もう探さない」。オープニングの3曲に全く違う曲を使うことにより、ZARDの魅力を完全に伝えきっていた。

 「もう探さない」が終わると、MCである。MCは、「みなさん、こんばんわ。ZARDです。今日は、来ていただいて本当にありがとうございます。実はこのメンバーでは最初のライブとなるので〜(中略)〜で、次に聞いてもらう曲なんですけど、私たちのデビュー曲で<Good-bye My Loneliness>っていう曲なんですけど、みなさん、知ってますか?」という静かな問いかけに対して会場からは「知ってるよ!」との声が。それを聞いた泉水さん、「ホント!?」とうれしそうな笑顔でした。そして曲は、その「Good-bye My Loneliness」、「女でいたい」、「不思議ね・・・」と続く。このあと、メンバー紹介をした後、セカンドアルバムの発売の告知、「みなさん、買ってくださいね」との泉水さんのお願いに、客席は、「は〜い!」。ホントに買ったのかは定かではないが・・・。(もちろん僕は買ったよ。)そして、次のナンバー「Oh Sugar Baby」、「恋女の憂鬱」、ラストナンバーの「愛は暗闇の中で」を歌い上げ、メンバー全員が舞台を去りました。そして当然のごとくわき起こるアンコールの声。しばらくして、泉水さん以外のメンバーが再び配置につきましたが、泉水さんだけがなかなか現れません。すると、このテンションを落とさないために、ドラムの道倉さんがいきなり、ドラムを叩きはじめ、キーボードの池沢さんが、「ホラホラ、そんな静かなまんまじゃ、泉水ちゃんは出てこないよ〜!」とオーディエンスをあおり始めました。それにあわせて、ギターの町田さん、ベースの星さんも、手拍子で客席をあおり、「泉水コール」がわき起こりました。そして、そんな泉水コールの中、再び泉水さんが登場。さっきと、衣装スタイルは変わってはいないけれど、色合いが逆になっていました。アンコールナンバーは、再び、「もう探さない」とバラードナンバー「It' s a Boy」。歌い終わると、MC。「今日は、本当にありがとうございました。初めてのライブだったので、着替えに手間取ってしまい、さっきは、みんなを待たせてしまって本当にごめんなさい。」といって俯いてしまった泉水さんに、客席からは「いいよ、いいよ、気にしてないよ〜」と暖かい声援が。「(略)〜これが最後の曲です。もう一度、聞いてください。<Good-bye My Loneliness>。」
 そして、短いけれど、内容充実度120%のライブはこうして幕を下ろしました。

<ライブ終了後>
 当然、片づけ。ZARD側のスタッフに混じって僕もスピーカーやらケーブルコードをしまった箱などを運び、トレーラーに積み込む作業を手伝った。

ZARD側の女性スタッフ:「チョット、君!、ころがし、持っていって!」

僕          :「は〜い」(ころがしを運、僕。)

           「ころがし、持ってきましたけど・・・」

トレーラーのスタッフ:「ちょっと、そこに置いといて!」

「ころがし」という業界の俗語をなぜか知っている僕だった・・・・。ちなみに、「ころがし」とは、モニタースピーカーのこと。でも、その片づけの最中に会場の中央にいた泉水さん。こういうと失礼かもしれないけど、なんか、かわいかったなぁ。ステージ上とは全然雰囲気が違ってた。黒いパンツスタイルで、上に黒いコートはおって、黒くて丸いサングラスをちょっとだけずらして鼻にひっかけるようにしてて。そんで白い紙コップで、たぶんコーヒーを飲んでた。黒一色の中の白い紙コップがやけに映えてたなぁ〜。おもわず、「お疲れさまでした〜」って声、かけちゃった。そしたら泉水さん、「あ、お疲れさまでした」だって。

 このライブが僕に与えてくれたのは、ZARDとの出逢いはもちろんのこと、音楽を含めた芸術の鑑賞の仕方。まず、他人から得た情報で固定観念を持つな、ということ。そして、まず自分の五感を使って実際に確かめろ、というこの2点。これは、今でも僕の音楽を聴くときの基本姿勢です。気になる音楽やアーティストがあるなら、他人が書いた雑誌記事を読むのではなく、まず自分で聴いてみる。そして、好き、嫌いを評価する。ジャンルや有名無名、国境なんて関係ない。見て、聴いて、自分が何を感じるのか、あるいは感じたのか。これが一番、大切であること。そしてそれは、人間関係にも当てはまるんじゃないか、なんてことを最近では思っています。そんなことをこのライブは僕に教えてくれました。

<ライブの翌日>
 沼津のとある町中を自転車に乗って、CDショップをハシゴする王仁丸の姿が確認されている・・・・・(笑)

以上、王仁丸のライブレポートでした。

注)なんせ10年ほど前の記憶を無理矢理引っぱり出してます。泉水さんのMCに関しても、一字一句、ここに書いてあるとおりではありませんが、ニュアンスは間違ってないとおもいますので、どうかご勘弁を。

最後に・・・・・
 誤字脱字は貴方の目の錯覚です。もう一度見直して、まだ誤字脱字が見えるようでしたら、眼科へ行くことをおすすめします(^^;)。

↑以上が全文です!

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帰りホーム

オフ会参加もタイムリミットになったので、私とTさんは一緒に先に皆さんとお別れをし、
渋沢駅で開始になったばかりのZARD駅メロを聴いて上り電車に乗り込みました。

本当に記念すべきZARDの歴史的な日に立ち会えてとても幸せな一日でした。




P.S.
坂井泉水さん、故郷の渋沢駅であなたの曲が
あんなに素敵な音色で毎日流れる事になった事、
本当に嬉しい。本当に良かったです。
渋沢駅を訪れる人達にこのZARD駅メロが奏でられるたび、
渋沢の大スター泉水さんの事は
これからもずっと胸に刻まれ続けることでしょう。