墓まで持っていこうと思った、わたしの出身地のこと の続き

何度か資料館に足を運んでいる中で、話の中でこんなことをおっしゃってました。
 
「知ってしまったから、沖縄の人と対話するときに負い目を感じてしまう。
 でも、沖縄の人は負い目を背負って対話されたくないでしょ?、
 でもみんなが知ることでもしかしたらこの負い目は消えるのかもしれない。
 その時初めて、対等になれる気がする」
 
(その時の言葉そのままじゃないので、意味の捉え方とか違うかも…)
 
こんなに考えて、行動してくれた人が今までどこにいただろう。
 
リュウキュウお断りだなんて時代、もう誰も覚えてないんですよ。
それに、自分がヤマトの人間だという自覚はだれも持っていないだろうし、
館長が思う沖縄を利用してきたんだという意味もきっと分かる人は少ないのかもしれない。
 
でも、今までを振り返って確かに思った、沖縄の人の「うちなんちゅ」と「ヤマト(ないちゃー)」の一線と、
沖縄が少し特別な(良い意味だけではなく)扱いにある一線。
 
私に何かできるのだろうかな。
館長の紡いできた大きな大きなつながりは、
誰がどうこうできるようなものではもうなくて、
誰か一人が背負って引き継いで行けるようなちっぽけなものではないと、改めて思いました。
 
 
感情が上手くまとまらないのだけど。
どうしたらいいのか、わからないのだけど。
どうにもこの気持ちが形にできればいいなと思ってるんですよね。