○○年後の自分へ。そういった文字を見かけたことはないでしょうか。

雑貨屋さんとか、もしかしたら音楽とかであるかもしれませんね。

僕もどこかで見ました。


でも、どこでだったのか覚えていません。

そのときは、未来の自分へ手紙を書いたところで

どうなるんだって思っていたからです。


しかし、不思議なことは起こるものです。

部屋を整頓していたら、全然書き込まれていないノートが出てきました。

そこにはいつ書いたのかわからない、でも最近の文字で、

僕が、未来の僕宛に書いた言葉が書いてありました。


ノートは古くて、昔趣味で集めていた使われなかったものに

かかれていたものです。


「こんにちは、羊さん

 僕はあなたです。

 あなたは夢を見るために迷う“羊”です

 ここにはあなたのことを書いてください

 このノートはあなたそのものになるでしょう


 Iam right here


 自分と、世界と、向き合ってみてはいかがでしょう」


それは僕が他人に、他人が僕に書いたような文章でした。


その後に綴れていたのが、


「今まで自分の思っていることをノートに残してきた。

 読み返せば自分の偏った世界が見えてきた

 自分がどんなやつで、何をしたいのか、わからなくなった。

 本当の自分はここにいるし、一生分からないものだけど


 もう少し自分と世界のことを考えてみようと思った。

 

 何度その文章が消されるかもわからない。

 消されるまで、その時の自分をここに残します


 答えは一つではありません

 それはあなた自身が決めるものです。

 ただし、独りで生きていかないでください。

 あなたは独りではありません


 いつか、何かに気がつくことができたなら

 それはあなたにとって誇りになるはずです。


 それでは、よい夢を」


自分を理解していなかった。

だから現実に歪ができた。

悩んで悩んで、その時の僕が残してくれた言葉。


「自分を見つめなおそう」


そういう意味が込められていた。


その後には、今までの自分がどんなことを考えているひとなのか、

どんなことをしているのか、自分の分析のようなものが書いてあった。


そして、一番最後のページには。


「じゃあ、あなたはなにがやりたいの?」


「世界を変えたい。“全ての命”が幸せに生きていけるような世界にしたい」


「なんでそう思うの?」


「命がなくなっていくのが悲しい。

 そんな命の為に、何かしてあげたい

 できるだけ多くの命を」


「本当に?そう思ってる?」


「“それでいい”と思ってる。そうなってほしいと願ってる。

 当たり前になっていいと思ってる」


「全ての命が不幸だとでも?」


「今の状態が当たり前になっているだけ。

 せめて殺されていく命を救いたい。

生きるために生まれてきたのに、


 今の世界は悲しい」


自分が、自分と会話をしている文章でした。

何これ怖い。



今はこのメッセージを受け取って、自分を見直してきた部分を見返して、

また新しい自分へとしたいと思っています。


僕の世界に対する考え方はまた後ほどね。



このノートは、核心をついてくるようで心にいろんな意味で突き刺さりました。