資料を整理してたら、昔の資料が一杯出てくる。
Kさんのご主人の追悼集があった。直接は存じない。ある運動の活動家でいろいろな役職についていたのを教えてもらった。奥さんのKさんとは最初の職場で一緒に仕事をした。真ん中の息子さんとは同期入社で同い年だ。ご主人は自分の就職する三ヶ月前の一月に心不全で急逝した。
巻末の年譜をみたら今の自分と同い年だったことに気づいた。そんなことを知って感慨深かった。自分もいつ死んでもおかしくない気がする。
出向した年の春にKさんは定年を迎えた。お世話になったので花を贈った。そのときお礼の電話をもらった。それからは、お声も聞いていないし、お会いもしてない。もう、随分お年を召されただろう。噂を聞かないのでお元気だったらいいなと心配する。
なぜか処分することや寄贈に出すのにはしのびなくて、その追悼集をずうっと持って、今まであちこちと異動した。今になってずうっとご主人が息子さんと同い年の若造だった自分を見守ってくれていたような気がする。Kさん、ありがとうございました。