三島由紀夫「金閣寺」の旅:「南泉斬猫」認識か?行動か? | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

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2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

「南泉斬猫」認識か、行動か

臨済宗では参禅の際に「公案」というクイズのようなものに精神を集中させることがあるが、そのころ溝口は「南泉斬猫」という公案に悩まされた。南泉という和尚の弟子たちが猫に佛性があるかないかで議論していると、南泉が猫をもってきて弟子たちに叫んだ。「さあ、何か言え、何も言わねば猫を斬るぞ!」弟子たちはどうしていいやらわからず戸惑っていると、南泉は本当に猫を斬ってしまった。その後、南泉の高弟、趙州が戻ってきて、事の顛末を聞くと、趙州は靴を脱ぎ、頭の上にのせて逃げ出した。それだけの話だ。

この話について溝口は仲間と話し合った結果、この話はつまるところ、ある出来事に対して反応せざるをえないときには、認識を改めて別の角度からみるべきか、それともただちにアクションをとるべきか、という話ではないかということにゆきついた。つまり、殺されそうな猫だが、これが魚だったら何とも思わない。というように猫に対する認識を改めるか、または殺されそうな猫を助けるために和尚といえども体当たりをして助けるか、ということだろう。

趙州は「靴を頭にのせて逃げる」という行動をとった。その内容が大切なのではない。認識の転換か、行動に移すか、即座に判断を下すのが問題だと考えたのだ。「認識だけが、世界を普遍のまま、そのままの状態で変貌させるのだ。」という意見に対して溝口は結論付ける。「世界を変貌させるのは行為しかない。

ここでいう「認識の転換」というのは、戦前戦中に信じてきた絶対的な美しさを相対的、客観的に見ることだ。私の場合は、金ぴかなど美しくない。むしろ金箔が剥げてなくなりかけているほうが、風雪を感じさせて良いではないか、というように美に対する認識を変えたのがそれに当たろう。一方、溝口は時代とともに滅びつつある美と心中し、一体化しようとした。それが金閣に火をつけることであり、それとともに焼身自殺するという「行動」に移すことだったのだ。

物語の最後で、溝口は金閣に火をかけ、自分も三階に入って死のうとするが、そこは固く閉ざされていて入れず、外に出て夜空の中美しく火の粉をとばして燃える金閣を見つめた。そして気づいた。滅びゆく美しさに息をのみ言った。「虚無がこの美の構造だったのだ。そこでこれらの細部の未完には、おのずと虚無の予兆が含まれる

美だと思っていたものの正体は虚無だったのだ。「色即是空」こそ、「滅びの美学」だったのか。

三島が見落とした金閣寺

私の場合、大人になって庭園巡りをするようになると、三島が見落としていた金閣寺に対する思いに気づくようになってきた。彼は「金」閣だけしか見ていないのだ。鹿苑寺は世界遺産として登録されているとはいえ、金閣(舎利殿)自体は1950年に実在の修行僧、林承賢が「美に対する嫉妬」のために火を放ってから5年後に再建されたものであり、文化財としての価値は高くない。「金閣」そのものが世界遺産なのではなく、評価されているのはその周辺の浄土式庭園なのである。

とはいえ、現実に山陰の寒村から林を連れてきて禅を教えた老師は、弟子(林)のしでかしたこと咎めるどころか、自らの「不徳のいたすところ」と考えて反省し、自ら京都の町中に立って托鉢という名の募金活動を展開した。日本一有名な寺院のトップが雨風にさらされて托鉢をするその姿に心打たれた洛中洛外の僧侶たちの協力もあり、ようやく資金が集まり、再建となったのだ。

ところで庭園マニアとして「金閣寺」というより「鹿苑寺」を訪れる際、「反則技」におもえることがある。一般的な庭園の見せ方というのは、「目につくものは最後に見せる」または「見せたいものは物陰において全貌が見えないようにする」という規則めいたものがある。しかし入口でお札が印刷されている拝観券を購入し入園すると、すぐにあの金閣が輝いているではないか。ある意味、これほどしらける見せ方はない。

それが証拠に、最初からクライマックスを見せられた内外の旅客は金閣を被写体に写真を撮り始めても、十分もするとほとんどの人が写真を撮り終え、金閣の周りをまわり、裏手から退出する。つまり三島由紀夫が溝口の口を通して永遠の美の極致そのものとして信じていた金閣は、写真を撮られたら9割以上の人がベルトコンベアに乗ったかのように出口まで流されてしまうのだ。

庭園マニアとして思った。金閣がもし焼けたままだったらどうだったろう。人々はここを純粋に庭として見ていたに違いない。そして三島が美の対象として見落とした鏡湖池や素晴らしい石組み、さらには向こうに見える衣笠山の借景などを楽しみ、そして心の中で黄金に輝くはずの金閣を夢想していたに違いない。

そして金閣の裏手から、松林の上に杮葺(こけらぶき)の屋根をちらりと見せる「見返り金閣」を楽しみ、侘び寂び感の濃厚な茶室で休んでから出口に向かうのだろう。

いや、いっそのこと出口から入ってわくわくしつつ松林の間から金閣を見、最後に鏡湖池に身をやつす金閣を楽しむのが普通の楽しみ方ではなかろうか。あるいはこれはわざとこのようにしているのか。様々な思いが脳裏を去来する。

子どもの頃の私は黒ずんだ金閣に脳内で金箔を貼った。しかし大人になった私は金閣を焼失はさせないものの、焼失したままで礎石だけが残っている光景を脳内に描いている。私もある意味「虚無がこの美の構造だった」という三島の言葉を、別の意味で理解してこの庭を見ているのかもしれない。(続)

 

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