日本のこころ⑬「遠野物語」と日本民俗学の道 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

ピンとこない「民俗学」

 訪日客を外国語でガイドするための全国通訳案内士試験では、外国語の他に、地理、歴史、一般常識、実務の教科がある。常々思うのが、「民俗学」という科目が独立して存在しないのは観光庁の不手際ではなかろうか。というのも、訪日客が日本に対して期待することの多くが、民俗学的な事項だからだ。

 ここまで書いてもピンとこない方は、おそらく訪日客が直面する民俗学的な事物にどのようなものがあるかということにピンとこないからかもしれない。私なりに公式化するなら、「民俗学=衣食住+生命のあり方+自然との付き合い方」である。たとえば訪日客に人気の東京を例に、これらがどのようなときに彼らの目に触れるか、みてみよう。

 

 東京の訪日客の目に移る「民俗学」

例えば「衣食住」の「衣」とは、例えば浅草にいけば夏なら浴衣姿の女性や、神社仏閣の僧衣、神主の直垂(ひたたれ)や巫女の袴などが見られる。そして「食」といえば築地に行けば生または発酵食品に魚、野菜を中心とした和食が楽しめる。「住」といえば足を延ばして箱根まで行けば、スリッパに履き替えて上がり、畳に布団を敷いて寝る旅館などがある。これら衣食住はいずれも民俗学の扱う内容である。

次に訪日客が日本人の「生命のあり方」を目にするのは、例えば明治神宮などで行われる冠婚葬祭、特に「冠」=成人式や「婚」=結婚式の場である。振袖の、または白無垢に綿帽子の女性が訪日客の被写体になりがちであるが、冠婚葬祭とライフサイクルに着目するのも民俗学である。

また、一人前になって結婚すれば、次に期待されるのは出産だ。そして生後一か月ほどでお宮参りをし、順調に育てば七五三を迎えるが、その時神社に居合わせた外国人も、着物を着た子どもを愛くるしく思うに違いない。しかしただ美しい、かわいいだけではない。そこには親から子、そして孫にと脈々と続いていくはずの血縁を尊び、自分の肉体が亡くなっても「葬」式で血縁に見送ってもらい、その後も「先祖」となって「祭」祀、すなわち法事のときには残った親族たちと飲食を共にするという生死のサイクルがあるのだ。生まれてから死ぬまで、ではなく、その先にまでつながる生命のあり方こそ、日本民俗学の代表的な研究テーマである。

さらに「自然との付き合い方」に関しては、訪日客の中でも特に人気の高い高尾山などに行けば、自然そのものを神と崇め、そこに仏教寺院が入り込む、いわゆる「神仏習合」だけでなく、山の守護神としての天狗の存在など、山に代表される自然を神仏、あるいは妖怪として崇めるとともに畏れて祭る、我々の自然との付き合い方が見られることだろう。そして特にこの自然現象をある時は神々として、ある時は妖怪として付き合ってきた我々の先祖の姿を克明に描き、その後の日本人の知的枠組みに大きな影響を与えたのが、1910年にまとめられた柳田國男の「遠野物語」であった。

 

妖怪はそんなにくだらないか?

「民俗学」といっても一般的にはなにをする学問なのか分からないことが多い。例えば歴史学というと図書館で古文書など文献を調べたり、史跡を歩いたりする姿が、また考古学というと泥だらけになって土を掘ったり、白衣を着てそれらを科学的に解析したりする姿が、地理学といえば地図をもって山や川を歩いたりする姿が思い浮かぶだろうが、それらに比べると「民俗学」というのはどんな格好で何をしているのか、思い浮かばないのではないか。

また、学問というのはそれを通して一般社会に貢献するものがあってしかるべきだという「常識」がまかり通っている。いわゆる「文系」の諸学問も、例えば歴史学や考古学なくして我々の先祖の姿は分からず、地理学なくして産業さえなりたたない。しかし「民俗学」を学んで、例えば各地における衣食住を学ぶよりも、縫製や調理や建築を学んだほうが、また「生命のあり方」を学ぶよりも介護福祉やブライダル、葬儀の作法でも学んだほうが、手に職がつくことは言うまでもない。

さらに、「自然との付き合い方」でいうならば、環境学や生物学など「科学的」な分野を学ぶのはもろ手を挙げて賛成されるだろうが、「神仏」や「妖怪」などは「くだらない迷信」の域を出ないと思われがちではなかろうか。具体的なたとえを出すなら二十代後半の男子大学院生が「幽霊と認知されがちな心理状態を研究しています。」というのと、「鬼と河童と雪女がどんな場所にでるか研究しています。」というのでは、一般的にはどちらが「まともな」人間だと思われるだろうか。おそらく前者であろう。

 

訪日客が求めるものは神々と妖怪?

しかしインバウンドの世界ではどうやら事情は異なる。神仏に関しては京都や奈良、鎌倉など各地の神社仏閣を訪れる際に役立つというのは容易に予想がつく。しかし妖怪というのも、少なからぬ訪日客にとって日本が誇るキラーコンテンツであることに気づきたい。

古くは明治期に日本に滞在したラフカディオ・ハーンが「怪談」で「妖怪の国、ニッポン」を世界に知らしめただけでなく、現在日本が世界に与えている大衆文化の中にはしばしば妖怪やそれに類するものが出てくる。特にアニメでいうなら昭和の頃の「ゲゲゲの鬼太郎」、「妖怪人間ベム」などはドメスティックなヒットで終わったが、平成に入ると「ポケットモンスター」や「妖怪ウォッチ」、そして令和の「鬼滅の刃」等、「妖怪系」作品がグローバルに幅を利かせるようになる。

さらに「妖怪系」といえば「となりのトトロ」(1988)、「魔女の宅急便」(1989)、「平成狸合戦ぽんぽこ」(1994)、「もののけ姫」(1997)、「千と千尋の神隠し」(2001)、「崖の上のポニョ」(2008)など、世界中で評価される宮崎駿作品の多くが該当する。また、「君の名は。」は、妖怪はでないものの「口かみ酒」、「巫女の神楽」、「生まれ変わり」等の民俗学的背景が分かると見方が変わる。ちなみに主人公の一人、宮水三葉の父親は元民俗学者という設定だ。

このように、訪日客に注目されていながら日本人にとってはピンとこない民俗学を生み出した柳田國男の生涯をたどるとともに、彼を中心軸として関わってきた文学者や民俗学者等にかかわる地を歩いてみたいと思う。

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播州辻川の「日本一小さな家」

「播州辻川」と聞いてピンとくる方は、兵庫県民でなければ民俗学に関心のある方だろう。現在は「福崎町」といい、姫路市の北25㎞ほどの、中国山地の小さな盆地に柳田國男は生まれた。学生時代から中国自動車道を通るたびに、「柳田國男のふるさと」という看板を何度も見て、気にはなっていたが、実際に彼の出生の地にして少年時代を過ごしたこの地を私が訪れたのは四十代になってからだった。

「松岡」という苗字で1875年に生まれた國男少年の生家は農家であったが、彼の祖父の代からは医者をしていた。医者とはいえども家は貧乏だった。町中から離れた丘の上に移築された藁ぶき屋根の生家に七歳まで住んでいた。後に彼はここを「日本一小さな家」と呼んだが、極端に小さいわけではない。四畳半二間、三畳二間が田の字型に並んでいる。これより小さな家屋はいくらでもある。ただ、自分らと両親からなる家族と、長兄及び兄嫁からなる家族が同居するにしてはいささか小さい。プライバシーは全くない。

さらに嫁姑問題が起こり、兄嫁は家を出ていった。肩を寄せ合いつつ住むことで「家族の絆」が強まるかというとそうではなく、若者たちの新しい価値観を無視してそれまでのライフスタイルを変えなければ家族は分裂してしまうことを國男少年は悟ったようだ。つまり「民俗学」とは固形物ではなく流動するものだという基礎をこの家で学んだのだ。そして体制維持に都合の良い儒教道徳に起因すると考えられる嫁姑問題の悲劇を見てきたため、彼の提唱した「民俗学」は支配階級ではなく庶民の中に人間としてのスタンダードが置かれている。そして農村の貧しい生活を見つめ、それをどうにかしたいという思いが民俗学を開く動力になっていった。

妖怪のブロンズ像

隣接地には松岡家の記念館があり、彼の原稿や使用していた机、郷土民俗資料などが並んでいるが、入口の壁に書かれていた彼の研究した学問系統の一覧には驚かされる。一口に「民俗学」とはいっても、歴史や地理、方言、衣食住、そして妖怪など、実に多分野を学際的に、しかも深く研究してきたことが分かる。閉館時間まで粘ってその図を見続けた。

閉館時間の5時に外に出ると、冬至過ぎだから日も暮れようとしていた。丘から降りると池を中心にした公園があり、そこには河童や天狗などのブロンズ像が置かれていた。面白いのは天狗で、なぜかスーツを着てノートパソコンで仕事をしている。妖怪さえ時流に逆らわない。人間も意地になってライフスタイルを守るだけでなく、自由自在にやるのがよろしい、とでも言っているかのようだ。

ここで山河を歩き回っていた少年時代、日暮れに川に近づけば河童を畏れ、山を歩くときは天狗を恐れたに違いない。この中国山地の小さな盆地で過ごした十年あまりが、民俗学者としての彼の基礎を作ったことを確認し、狐に化かされないよう気をつけつつ、たつの市の宿所に向かった。(続)

 

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