⑦忠―廃帝の「幻影」にまで忠誠を尽くした工藤忠 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

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2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

⑦忠―廃帝の「幻影」にまで忠誠を尽くした工藤忠
溥儀が信頼を置く唯一の日本の忠臣
津軽の「じょっぱり」のなかには、数奇な運命をたどった「皇帝」の「忠臣」がいた。その名は工藤忠である。彼も郷土の陸羯南(くがかつなん)の影響を受け、「裏の英雄」、山田良政に憧れた大陸浪人といえよう。辛亥革命後の第二革命に参加し、大陸での足場を固めた彼は1932年に満洲国が成立すると、「皇帝」愛新覚羅溥儀の侍衛長にまで昇進した。
関東軍もその他の日本人も、溥儀を傀儡の皇帝としてしか見なかったが、工藤だけは実の主君として溥儀に忠誠を誓った。「忠」という名も、彼の忠誠心を感じた溥儀によって与えられたものである。
工藤は地主の子であり、士族ではない。しかし大正デモクラシーを経験した時代の人物でありながら、その生き方は古風な武士道を重んじていた。新渡戸も「武士道」は武士のみの専売特許ではなく、庶民にまで広がっていた、と述べているが、農民階級の工藤が溥儀に忠誠を誓ったのもそれを証明している。

東京裁判中の溥儀と工藤
戦後、溥儀が東京裁判で日本にやってきたとき、工藤は日本の満洲国侵略の証言者として召喚される予定だったらしいが、彼が証言するとむしろ溥儀の弁護に心血を注ぐ恐れがあったため、証言者とならなかったという。溥儀の側近中の側近の日本人として、満洲国の裏も表も知りぬいている工藤が召喚されなかったという点からしても、この裁判があくまでも「勝てば官軍」的なものであることがよくわかる。
しかし彼は先帝に一度でもお目通り願いたく、一記者として裁判を傍聴した。被告として法廷に立たされている主君をみると、懐かしさがこみあげるとともに、いたたまれなかったに違いない。長い法廷の一日が終わると、彼は門で主君の出てくるのを待ちつづけた。そしてようやくソ連に監視されつつ出てくる溥儀に、ただ深々とお辞儀をしたという。世間的に見れば傀儡国家の廃帝の幻影にすぎないかもしれないが、彼にとっては唯一無二の忠誠を尽くすべき存在だったのだ。

「武士道」不遇の時代
新渡戸の「武士道」も、戦後はその株を急落させた。戦時中のスローガン、例えば「欲しがりません、勝つまでは」は、新渡戸の述べる「克己」の、「進め一億火の玉だ」は「勇」の、「本土決戦一億玉砕」は「桜の潔さ」の表れとして見られる。その結果「武士道の精神こそ大和魂であり、日本人たるもの竹槍を持ってでもB29に立ち向かえ!」という反科学的精神論の諸悪の根源とされたのだ。
GHQは剣道や柔道だけでなく、「武士道」で絶賛する歌舞伎の演目「忠臣蔵」の上演まで禁止した。忠誠心の証明のために仇討ちをした赤穂浪士を野放しにすると、いつ米国が「仇討ち」という名のテロ行為を受けるか分からないからだろう。
工藤の立場も全く同じである。満洲国華やかなりし頃、彼はふるさと津軽の板柳町に「凱旋将軍」として帰省したことがあった。町じゅう総出でこの「郷土の英雄」を歓待したという。しかし敗戦とともに満州国が崩壊すると、彼はふるさとに居場所を失い、夫婦ともに千葉県に移住した。敗戦により時代の空気がいっぺんに変わってしまったのだ。

板柳の民宿兼資料館「工藤忠閣下生家 皇帝の森」
板柳のリンゴ畑の近くにある彼の生家が現在資料館兼民宿をしているというので、宿泊したことがある。質実剛健な雰囲気あふれる古民家を改装したところで、八畳の和室が二つ続く大広間が資料館となっており、工藤の来ていた礼服など、各種資料が保存されていた。その名も「工藤忠閣下生家 皇帝の森」である。
これほどの資料が遺族により守られているだけで、行政が支援しないというところに、戦後の地元が工藤をどのように扱えばよいのか苦慮していることがうかがえる。彼を英雄としてみなせば満州国の肯定=侵略の肯定と受け取られかねないからだ。
 時代の流れによって人々の価値観も変わりうる。しかしどんなに時代が変わっても、ぶれることなく不器用なまでに廃帝の「幻影」に忠義をつくし続けたこの津軽のじょっぱりのなかにも彼なりの「武士道」が生き続けていたのだ。


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