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ギャグ漫画家かアクション漫画家かな?

漫画は、現時性と線上性とが複合した一連の絵である。現時性とは「その全てを一望して把握できること」、線上性とは「流れの中で部分を辿り、把握していくこと」である。法隆寺の落書きのような卑俗な笑いから、フランス革命前夜のビラのような体制への嘲笑であったり、また時に、ゴヤのような人間存在を揺るがす鋭いブラックユーモアであったりする。その歴史は長く、時代・地域・社会層によりさまざまな形で存在してきた。形式は極めて多様であり、厳格な定義は殆ど意味をなさない。


漫画は、簡略化と事象の抽象化が特徴とされる。現代漫画は、映画などの影響を受け20世紀に世界的に発展した、ストーリーのある「コマ割り漫画」の comics (コミック)と、「一コマ漫画」の cartoon (カートゥーン)に分類できる。

少なくともあるメディアが「漫画」と呼ばれるための十分条件は次の4つであると言ってよい。これらを満たすメディアが漫画と呼ばれる事に違和感はないと思われる。
視覚情報を絵として提示する(文章による説明ではない)。

絵は話の展開を動的に描写し、情報の本質部分を占める(挿絵とは異なる)。
聴覚情報は人物のセリフは文字として、音が擬音として表現される。ただし、音楽は擬音ではなく絵やコマの行間のようなもので表現される場合が多い。
コマやフキダシなど独特の形式に沿っている。

漫画では情報伝達に占める絵の重要性がきわめて大きく、情景や人物の動作などはその絵を提示する事で表現される。視覚芸術の一分野に位置付けられるが、1つの画面で完結しない「時間の継起性」において、時間の一瞬を切り取った(近代以降の)絵画とは区別され、1つの画面(フレーム)がコマを指すのか紙面を指すのか不確定なところに、フレームが1つしかない映画との区別がなされる。


本記事においては漫画と表記されているが、「マンガ」や「まんが」と表記される場合、これらの表記は意図的に用いられている場合もある。個々の評論家や研究者によって定義は異なるが、漫画は一コマ漫画のような風刺的なもの、マンガはストーリーをともなうもの、といった区別が見られる場合がある。

各言語における漫画の呼び名

英語でコマ割り漫画を意味する comics (コミック)は、ギリシャ語で「喜劇」を意味するΚωμικός (コーミコス)から派生した、「滑稽な」を意味する形容詞 comic に由来する言葉である(現代のギリシャ語でも、同じ語源を持ち、おそらくは英語の影響をも受けた用語Κόμικς(コーミクス)が、漫画の意味で使われている)。初期の漫画の多くはほぼ同じサイズのコマを一列に並べた物であり、また、ほとんどは滑稽な内容を扱っていたために、これらのジャンルには comic strip

(コミック・ストリップ、滑稽な端切れ)という呼び名が与えられた。それらを一冊の冊子にまとめた物は、 comic book (コミック・ブック、滑稽な本)と呼ばれ、それが短縮されて comic となった。しかしながら、漫画が深刻なテーマを取り扱うようになると、それらに冠された comic という名は混乱をもたらし、 これを嫌ったアメリカ合衆国の漫画家ウィル・アイズナーは sequential art (シーケンシャル・アート、「連続された絵画」の意味)という呼び名を導入した。なお

、英語の comic はアイズナーが代替語として sequential art という用語を提案した事からも分かる通り、原則的には複数のコマで構成される漫画のみを指す用語である。英語では一コマ漫画は cartoon (カートゥーン)あるいは panel (パネル)と呼ばれる。現代の英語の cartoon という用語が、専ら animated cartoon (アニメーション作品)を指す言葉として使われるようになったため、印刷媒体の上での一コマ漫画である事を強調したい時は、printed cartoon と表記される。


英語の comic という言葉はヨーロッパ諸国へも輸出され、ドイツ語の Comic(コミーク)やロシア語の Комикс 等の呼び名は、英語の comic に由来する。そしてオランダ語では主に strip が漫画の呼び名として使われている。ただし、ドイツ語でも漫画に対して自国語由来の Bildergeschichte (ビルダーゲシヒテ、絵の物語)という言葉が使われる事がある。


一方、漫画に対して英語の comic とは異なる呼び名を持つ言語圏も多数あり、フランスやベルギーといったフランス語圏では bande dessineé (バンド・デシネ)が使われている。これは「絵の描かれた帯」という意味で、英語の comic strip と同様に、漫画のコマの配列について言及した言葉である。
フィンランド語の sarjakuva (サルヤクヴァ、「連結した(sarja)」+「画像(kuva)」)も、やはり同様の意味の言葉である。


スペイン語では漫画は historieta (イストリエタ)と呼ばれる。これは「歴史」や「物語」を表す historia (イストリア) から派生した言葉で、更にその源流はラテン語の historia (ヒストリア、歴史) である。1917年にバルセロナで創刊された長寿漫画雑誌 TBO に由来する tebeo (テベオ)という言葉も、スペイン語ではしばしば漫画一般を指すのに使われる。 TBO はスペイン語の te veo (私は君を見る)から付けられたタイトルである。

イタリア語では漫画は fumetto (フーメット)と呼ばれる。これはイタリア語で「煙」を表す fumo (フーモ)に由来する言葉で、漫画のフキダシの形からこの呼び名が生まれた。fumetto の複数形は fumetti (フーメッティ)であるが、この言葉はアメリカではイタリアの漫画よりも、むしろ写真を用いた漫画を表す言葉として使われている。

中国語圏や韓国語圏では、日本から輸出された「漫画」の表記のそれぞれの現地発音による「漫画」(台湾と香港では「漫畫」)(マンホア)や 만화 (マンファ)という呼び名を使う。
エスペラント語では漫画一般を指す言葉として、 bildo (画像)と literaturo (文学)を組み合わせた言葉 bildliteraturo(ビルドリテラツロ)が作られたが、日本風の漫画に関してはmangao(マンガーオ)と表記することもある。
日本では、漫画、マンガ、まんが、コミックなどと呼称されている。また、出版業や製造業などビジネス界では、漫画絵のことをポンチ絵とも呼称している。詳細は「日本の漫画」項を参照。

戯画的漫画・落書きは、その大衆的性格から(また時に体制批判的な内容から)、美術が権力者や宗教に従事していた古代や中世には、積極的に残される努力はされなかった。それ故に、作例がかなり限られてくる。日本の現存する最古の漫画の作例では、法隆寺に残された漫画が挙げられる。古代エジプトの漫画としては、権力者を動物化して表現した漫画が広く知られている。これは壁画や壷絵等、複数残されている。古代ギリシアでも、壷絵には、

割と多くの戯画的表現を見出すことが出来るが、古代世界で多くの漫画が残されているのはポンペイである。この古代ローマ時代の地方都市は、ある日突然に火山の噴火によって町が灰に埋もれたことから、普通では残ることのないような極々日常的な絵画や漫画の類まで残されている。これらは偶然に残されたこと、庶民的性格、おおらかな性の表現といった点で似ている。


また、宗教において写本画のごくごく目立たない部分に落書きがあったり、後期中世を通じて大量に流布していた木版画には、民衆的ユーモアを確認することができる。日本の仏典の端には、写学生の気晴らしと思われる漫画などが見られる。ゴシック末期の例えば、ショーンガウアーやボッスの作品には、様々な戯画的世界が見られる。 宗教関連では、仏教では、釈迦一代記曼荼羅が描かれた。これは、釈迦の両親から、像の夢の妊娠に始まって、出家、涅槃までを、中央の釈迦を中心に、左下から反時計回りに展開したものである。一方、キリスト教では、イエスの物語を語り継ぐことが信仰の中心となったこともあり、十字架の道(Via Crucis)が多くの教会の内部(巡礼に倣うために、各柱の下)に描かれた。これは、


イエスの死刑宣告から復活まで、14コマ+1コマで描くものであり、イエスやピラト、マリア、シモン、ベロニカなどのキャラクターが定型的に描かれる。これらを原点として、仏教でも、キリスト教でも、さまざまな時間的な物語が、絵や彫刻、ステンドグラスのコマ、ないし連続的展開によって説明される形式が確立されていた。ただし、当時の民衆は文字が読めない場合が多かったために、説明は、宗教家の活弁によって補われる必要があった。

ルネサンス美術は、極めて多様な作例を残している。特に、16世紀以降は、美術に従事するものは個性的であることが優れていると考えられ、そのために、表現の幅が広げられた。レオナルド・ダ・ヴィンチは、奇妙・奇怪なものに非常に関心を示し、彼の手稿には、多くの戯画が残されている。レオナルドの興味は、マニエリスムを予感させる。そしてもまた、民衆的な笑いのセンスが、芸術的な形に現れた時代でもあった。後期ルネサンスやマニエリスムには、

下卑た笑い、エロティックなもの、世相批判的なもの、そういったまるでフランソワ・ラブレーの世界が、美術に展開し、枚挙に暇がない。それは漫画と密に通じている。代表的な美術家としては、ピーテル・ブリューゲル(父)、ジャック・カロ、ジュリオ・ロマーノ、ルーカス・クラーナハ(父)などがいる。カロや、クラーナハの場合、当時飛躍的に発展しつつあった印刷技術との関連においても重要である。


ウィリアム・ホガースによる連作『The Rake's Progress(道楽者のなりゆき)』(1733年)の最後の一枚

「コミック・アートの歴史」を著したR. セービンは、漫画は本質的に印刷媒体と関連付けられているという主張の下に、印刷術の発明により漫画の形式が具体化されたとの見解に立っている。したがって、印刷術に先立つすべての漫画のバリエーションは、あくまで漫画の先行形式であり、漫画の系譜に属するものとは見なせないとするのが、セービンの見解であった。


漫画の形式を備えていると見なせる、現在残されている初期の作品はフランシス・バーローによる『A True Narrative of the Horrid Hellish Popish Plot(恐るべき地獄のようなカトリック陰謀事件についての真実の物語)』(1682年)である。これは、コマ絵の連続で経緯が描かれ、セリフはフキダシによって表現されている。その後、

同様の形式を持つものはいくつも発表されているが、エディ・キャンベルは、それらの作品は漫画と言うよりも、風刺画の連作ではないかと反論している。この時期の特筆すべき制作者としては、トーマス・ローランドソン、ジャン・ヴァンデルフフト、ジェームズ・ギルレイ、ジョージ・クルックシャンクがいる。ローランドソンとギルレイの作品の中には、フキダシを導入しているものも見られる。


それらの中でも、当時の政治を風刺したローランドソンの1784年の作品『The loves of the fox and the badger,or the coalition wedding』は、キャプション、フキダシ、きちんと展開するコマ形式を備えた上に、思考表現のフキダシも持ち、コマ漫画のプロトタイプであると見做せる。このローランドソンの作品は、絵物語の連続表現としてのコマ漫画形式の普及を促進したといえる
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パジャマの語源はヒンディー語・ウルドゥー語のパージャーマー(paayjaamaa पायजामा)である。ただし、これは民族服のズボンのみを指す(上衣はクルター kurtaa कुरता)。その語源はさらに遡り、脚用の衣服を意味するペルシア語の پايجامه(Payjama) から来ている。インドに駐留していたイギリス人が寝巻として使用したことで、それが世界中に広まっていったといわれている。

ガウンとは、綿やウール、絹、ポリエステル、ナイロン、アクリル繊維、フリース、ニットで出来たジャケットのことで、主に室内着として着用する。夏用に麻を使った物もある。室内着のため来客の応対やポストの手紙を取りに行く、ゴミ捨てに行く以外では外出に用いることはない。無地から柄まで様々な物が存在する。着物で言う袢纏や丹前、茶羽織に近い用途がある。海外ではタキシードの前身である、スモーキングジャケットと言う室内着に用途が近いと言う。帯やベルトで締めるのが本流だが中にはボタンで留める種類もある。
仲間としては大学の卒業式で扱うアカデミックドレスやバスタオルの代わりに使うバスローブがある

ゲルマン語でroubとは「戦利品、略奪品」の意味であった。それがフランク王国時代にラテン語に取り入れられ、衣服の意味へと変化を遂げた。フランス語ではrobeとはドレスやガウンを指すが、それを語源とする英語のrobeは聖職者の法衣など特殊な用法でのみ使われる場合が多い。日本語のローブは多くがこの英語から来ている。

キリスト教の聖職者が羽織るガウンをローブと呼ぶ。また、裁判官の法服や、主に日本のキリスト教系の学校の卒業式などで生徒が羽織るガウン(アカデミックドレス)など、神聖な儀式などで使われるガウンもローブと呼ばれている。また、中世ヨーロッパを舞台としたファンタジー作品において魔法使いなど神聖なキャラクターが羽織るものもローブと呼ばれている。

ローブは本来、男女ともに着用されていたが、近世ヨーロッパでズボンが独立して聖職者などの例外を除いてはツーピースの男性衣服が一般的になると、女性が着用する細胴とそれを強調する緩やかなスカートで構成されたワンピース形式の衣装のことを指すようになる(フランス語の「ローブ」はこの意味で用いられることが多い)。18世紀にはフランス宮廷を中心にローブ・ア・ラ・フランセーズ、ローブ・ア・ラ・ポロネーズ、ローブ・ア・ラングセーズ、ローブ・ヴォラントなどの様々な形式のローブが流行してヨーロッパの社交界で愛用された。今日でも礼服として用いられることが多い。

マントの歴史は古く、その起こりは人間が狩猟を始め、その毛皮などをそのまま羽織って防寒具としたことから始まる。そのためマントのような衣服は各地で見ることができる。ここではヨーロッパ諸国のマントの歴史を見てみる。


人間が織物をし、布地を生産できるようになるとそれらを利用するようになってくる。まずは古代ローマやギリシアで用いられたヒマティオンやパルラなど四角い布を体に巻くような単純なものやトガのようにある程度裁断された布を体に巻いて着付けるようなものが出始める。ビザンティン時代になると半円形または台形に裁断されたものを肩から羽織り、片方の肩で留めるようなマントが見られるようになる。特に有名なのは、イタリアはラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂のモザイク画に見られるユスティニアヌス1世と皇后テオドラの姿である。二人が着ているのはパルダメントウムと呼ばれるマントで紫の生地を基本とし、襟周りは宝石に彩られ、裾周りは金糸による豪華な刺繍が見られる。


中世からルネサンスにかけて、マントは当時のファッションに欠かせないものとなってくる。特に支配層となる人たちとって、マントは権威を象徴するものとなり、より長く、より豪華になっていった。形状は主に半円形のものが多く、それを両肩を隠すように羽織り、胸元でブローチや紐で留める、または、頭から羽織って胸元で留める、またはそのまま包まる、片方の肩を出して体に巻きつけるなどの多彩なバリエーションで着られるようになる。ルネサンス期に描かれた聖母マリアの姿に当時の女性のマントの羽織り方を見ることができる。


産業革命以後、いろいろな名前をつけられたマントが出てくる。ニスデール (Nithsdale) とはフードつきの長いボリュームのあるマントであるが、ニスデール伯爵夫人 (en) から名づけられたマントである。これは自分の夫をロンドン塔から逃がすために使われたため、その名前が付いた。また、四角い布の上部にギャザーを寄せ、開口部を調節できるように紐が通されたフードをつけたキンセールクローク (Kinsale cloak) などが今に残っている。


さらに時代が進むと袖つきのオーバーコートの出現であまり見られなくなってくるが、礼装用のマントとしてオペラケープが見られるようになる。これはその名の通り盛装をしてオペラなどの観劇に向う際、それに合わせて用いられるマントであるが、中に着ているドレスによっては袖つきのコートを着ることができないため用いられた。

今日ではあまり見かけることができなくなったマントであるが、ショール状のマントやケープといった形で見ることができる。

ポンチョは、貫頭衣(布地に頭の通る穴を開けただけの簡素な衣類の形式)やダルマティカ(→洋裁)に類される衣類だが、主に通常の着衣の上から防寒・防風のために着用される。このため、撥水性・断熱性に優れる毛織物で作られる。アンデス文明の頃から利用されているが、後述するように雨具として現代の素材で作られた製品もみられ、またそういった現代の製品では用途に合わせて工夫が凝らされているものも少なくない。


衣服としての構造は簡単なものではあるが、肩から上半身にかけての保温の便は良く、男女の別なく着用される。布地の大きさは横約3.6m・縦約2.4m程で、頭の通る穴は中央に空いている。これを羽織ると丁度腰の位置までが覆われる格好となり、地面に座り込んだ状態では折り曲げた足を覆う。

元々はアローカニア人(チリ南部地方の先住民族)の民族服で、スペイン人が現地に住み着くようになるまでは、野生のリャマの皮革を色とりどりに染めて使っていた。彼らはこれを「キオニ」と呼び寝具としても使っていたため、スペイン人たちは当初、これをテーブルクロスの一種だと考えていた。


後に毛織物が主流となっていくが、このキオニを原型とするポンチョを作るのは女性の仕事とされ、野生のリャマやカモシカの毛を、実に2年もかけて密に織っていったものが高く評価されている。これらは最も好まれる色としてトルコブルーに染め上げられたり、植物染料によって黄色・緑・赤などで色彩される。図柄は単純な帯模様か簡単な絵模様が使われる。かつてはこの下にシャツなどは着ず、長袖の肌着の上にそのまま着用していた。


ポンチョをまとったガウチョ(1940年代)
近代よりは、ガウチョなどに戸外で働く者の作業着(外套)などとしても広く利用されており、現代でも南米地域を中心に一般的に用いられているほか、世界の広い地域でアウトドアウェア、あるいは簡易雨具や防寒着などの形で利用されている。

雨具としてのポンチョは、前述の皮革ないし毛織物としてのそれとは異なり、綿や化学繊維の布にゴムなどで防水性を持たせたもの、より簡易にはビニールなど合成樹脂のフィルムで出来たものが一般に利用されており、頭を覆うフードが付いている。これらは簡単な構造ゆえに単価も安く製造できるため安価であり、折り畳めば場所をとらず、必要であれば広げて速やかに着用でき、また緩やかに体を覆うため、背負ったり抱えたりした荷物ごと着込むことで荷物を濡らさなくてすむなどの利便性が見られる

。緩やかに覆うという性質から、手足にまとわり付いて行動が制限されることが少ない点も利点といえる。

反面、レインコート一般に比べると腕や足は覆わないためどうしても濡れがちで、こと何らかの作業を行ったり自転車や徒歩で移動する場合には、胴体以外は濡れてしまいやすい。ただ、そのぶん通気性が良いために蒸れ難いなどの利点にもなるほか、低体温症予防の観点では頭や胴体の体温低下を防げればよいため、理にかなっているといえる。しばしば濡れやすい足を濡れないようにするために、レインコートのズボンを併用することも行われる。


なお、これらの特徴から1850年代より南北戦争の時代にゴム引きなどで防水性を持たせた木綿製の軍用ポンチョ(ミリタリーポンチョとも)が利用されるようになり、後に近代的な歩兵の標準的な装備として利用されている。こちらは雨具としてだけではなく、休憩するときや遭難して救助を待つなどする場合に、簡易テントとしてシェルターを作るためにも利用される。

着衣であるから広げても面積は狭く、1枚では人一人がどうにか直接的な降雨・降雪・直射日光を防ぐことくらいしか出来ないが、こういった自然環境からのダメージを幾らかでも軽減できれば、その歩兵の生存可能性を押し上げることにもつながる(→サバイバル)。また担架などに応用される場合もある。特に現用のものでは、軽く薄い、大判ながら折り畳めば小さなポーチに収まる合成繊維製のものも利用されている。

傘の心棒を構成する部品。中軸、シャフトともいう。伝統的には、堅牢性を求めて組成密度の高い品種の木材が好まれて使用されてきた。現代においても、高級傘においては高密度木材が好まれるほか、堅牢性を求めて中空管状のチタン材、カーボネート材が用いられる例が見られるほか、主に折畳み傘においては軽量性を兼ね堅牢性も確保する目的で特殊アルミニウム合金や特殊プラスチックも好んで用いられる。普及品については、原料価格を抑制する目的で、それほど組成密度が高くない木材やスチールが用いられることが多い。


この部位は接合部が多く、施工が不充分であると、接合部がキシミを生じて使用者に不快感を与える原因となる。また、この部品は、婉曲などがあるとスムーズに開傘できず、また傘全体を支える接合点が多い主要部品であるため特に堅牢性が求められ、木材を用いる場合には材木に経年劣化・変形がないように適正な乾燥安定化処理および正確な造形加工が必要となるほか、金属や特殊樹脂を用いる場合にも精巧な造形加工が必要となるため、傘メーカー・傘職人にとっての主要な技術が求められ、いわゆる「腕の見せ所」のひとつとなっている。
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納豆!

納豆!

大豆を納豆菌で醗酵させて作る食べ物。

糸を引くほどの粘りと臭みがあるので、好きな人は好きだが、食べられない、という人も多い。

好みで卵、醤油、かつをぶし、マスタード、ねぎ、製造元のだしなどを調節しながら加えたり、納豆汁のように味噌汁に加えたりと用途は様々。

健康によい(特に妊娠中はお勧め)。*1とされているが、治療でワーファリンを服用している方は医者から食べないように指導される。

ナットウキナーゼに血液をサラサラにする効果がある、とも言われるが信憑性は不明である*2。

中学校の英語の教科書等で日本人が外国人に「好き/嫌いな日本の食べ物は何ですか」と訊ねると、好き→寿司 嫌い→納豆 という例が見られるが、外国人一般ばかりでなく関西人一般にも嫌われている日本食、という存在。

しかしながら,関西人の食卓にも納豆が広まりつつあるとか。*3

北大路魯山人によると424回混ぜるとおいしいらしい。

納豆のねばねばが、強い保水力を持つことが知られ、砂漠の緑化や化粧品に技術応用されている。

納豆の食べ方は、人による好みだけではなく地方差など、各種ある。いわゆる納豆ご飯として、白米を炊いたご飯に納豆を載せて一緒に食べる事が多い。


納豆をふんわりとした食感で食べるためには、糸を引いて空気を含むように良く練ることである[15]。これは、先にタレなどを加えると水分過多となってしまい粘りがあまり出なくなってしまうからである。
納豆を食べ慣れてない場合、特有の伸びた糸又はちぎれた糸によって器や食卓を汚してしまう事やその食べにくさが問題となるが、その場合は箸先を味噌汁に少しだけ浸けて納豆を食べるようにすると粘り気を保ちつつ余分な糸ができにくくなる。味噌汁に含まれる水分、塩分、そして温度などで糸を安定させている成分であるフラクタンが不安定になり糸が伸びる前に切れるからである。



納豆を叩き刻んで味噌汁に入れた納豆汁は、江戸時代までは納豆ご飯よりも頻繁に食卓に上っていた。カレーライス、ラーメン、和風スパゲッティのトッピング、お好み焼きの具、納豆巻きの具、天ぷらのタネとしても用いられる。
薬味・合わせ物


醤油やタレの他、和ガラシを加える食べ方が一般的だが、鶏卵やウズラの卵、ネギ、ミョウガ、大根おろし、とんぶり、鰹節などを合わせて食べることも多い。ナガイモ(とろろ)、メカブ、オクラなど、納豆同様に粘り気がある食品と混ぜることも広く行われる。
ネギやからしを加えると納豆のアンモニア臭を抑える効果があり、優れた薬味ともいえる。ネギやからしを途中で加えずに、蕎麦のネギやわさびと同様に最後に少しだけ載せた方がおいしいという人、からしの代わりにワサビを載せる人もいる。


また、北海道や東北地方では上白糖を混ぜる場合もある。醤油に一つまみ程度の上白糖を加え“甘だれ”風にしているものであり、焼いた餅を食す場合でも同様の方法が存在する。
福島県ではハクサイの漬物を入れて食べる者もいる

納豆料理

そぼろ納豆
茨城県特産。おぼろ納豆、しょぼろ納豆とも呼ぶ。納豆に刻んだ切り干し大根を混ぜ込み、醤油等の調味料で味をつけたもの。そのまま酒のつまみとして食べたり、ご飯にかけて食べたりする。
干し納豆


干し納豆
茨城県特産。納豆を天日干しすることにより長期保存可能にしたもの。なお納豆を乾燥させても、納豆菌は死滅しない。食べ方としてはそのまま食べるほか、湯につけて戻す、お茶漬けにするなどがある。
元来は保存食だったとされるが、現在は納豆の入手できない日本国外へ旅行に行く際に持っていく場合があるという。


揚げ納豆
干し納豆に近いが、これは納豆を油で揚げ、粘り気を取り去ったもの。納豆独特の臭いも目立たない。揚げても納豆菌が死滅しないように、特別な製造技術が用いられている。そのまま酒のつまみとして食べる事が多い。しょうゆ・塩・梅・一味唐辛子などの味がつけられている。日本航空の国際線機内でも酒肴として提供されている。


塩納豆
高知県の一部の地域の郷土料理。納豆に塩と糠をまぶして鉄鍋で炒る。伝統的な製法では、市販の納豆の代わりに蒸した大豆を籾殻の中に入れ、糸を引くようになったものを用いる。


スタミナ納豆
ごま油、ショウガ、ニンニクで炒めた鶏の挽肉に納豆を和え、隠し味にタバスコを加えた料理[21]。鳥取県中部の学校給食で提供されている。
納豆あえ
納豆にチーズ、パセリ、醤油、砂糖を加え、よくかき混ぜた料理[22]。愛知県豊田市の学校給食で提供されている。


さくら納豆
納豆と馬肉を和え、醤油等で味付けした料理[23]。熊本県では定番の料理。

農作物として世界中で広く栽培されている。日本には縄文時代に存在したと思われる大豆の出土例があり、『古事記』にも大豆の記録が記載されている。


ダイズを含む一部のマメ科植物は根に根粒もしくは茎に茎粒を持ち、根粒菌という細菌が共生している。根粒菌は植物からリンゴ酸などの効率のいい栄養分をもらって生活の場を提供して貰う代わりに、大気中の窒素を植物にとって使いやすい硝酸塩に転換(窒素固定)する。窒素は植物にとって必須元素であり、肥料として取り入れる成分の一つであるが、


自然界では一部の細菌と雷などでしか使用可能形態に転換できない。特に根粒ではその能力が高いため、それを持つ植物は自ら肥料を作ることのできることになり、そのような植物はやせている土地でもよく育つものが多い[1][2]。このダイズの窒素固定能を有する根粒菌との共生により十分な量の窒素分を吸収し、豊富なアミノ酸を産生でき、ダイズはその種子に他の植物には見られないような豊富なタンパク質を含有させている。


ダイズ種子には苦み成分であるサポニンが多く含まれており、人類の主食にまではなっていないが、植物の中では唯一肉に匹敵するだけのタンパク質を含有する特徴から、近年の世界的な健康志向の中で「ミラクルフード」として脚光を浴びている。日本・ドイツでは「畑の(牛)肉」、アメリカ合衆国では「大地の黄金」とも呼ばれている。また、日本料理やその調味料の原材料として中心的役割を果たしている(後述)。


ダイズ種子貯蔵タンパク質のアミノ酸残基組成は、含硫アミノ酸であるメチオニンとシステイン残基が少なく、それらは制限アミノ酸となっていると言われたことがある。そのため、タンパク質の有効利用効率を示すアミノ酸スコアやプロテインスコアを下げていると言われていた。しかし、これらは成長期のラットに基づく数値であり、その後、ヒトに基づく数値に置き換えられ、具体的には、大豆のアミノ酸スコアが1973年には86点だったものが、1985年には100点と変更された。大豆は、牛乳や卵と同等の良質なタンパク質であるとの評価を得ている[


多くのマメ科植物の種子と同様に、ダイズ種子中には有毒なタンパク質性のプロテアーゼ・インヒビター(トリプシン・インヒビター、セリンプロテアーゼ・インヒビター)やアミラーゼ・インヒビターやレクチンが含まれているため、生食はできない。そのため、加熱してプロテアーゼ・インヒビターやアミラーゼ・インヒビターを変性・失活させて消化吸収効率を上げている。なお、加熱してもプロテアーゼ・インヒビターの失活は十分ではないので、納豆菌などを繁殖させて納豆菌の分泌するプロテアーゼによってダイズ種子中のタンパク質を分解させると、タンパク質の消化吸収効率が増大する。


古くからの在来種、固定種が多く現存しており、マメ科の特性もあり、両性花で自家受粉可能であるため自家採種のしやすい植物である。その反面、連作障害を起こしやすいため、次の年は輪作を行ない、違う作物を作付けし、連作を避けるか、連作を行なうために消毒や土壌改善を行う等の対策を練らねばならず、日本国内においては、この事が栽培規模拡大への障害のひとつとなっている。