3月11日22時頃に石川一雄さんがお亡くなりになられました。
遅ればせながら今朝お塔婆を建立させていただきました。
いつも無罪を勝ち取るまでは死ぬわけにはいかないと仰り常に体調管理に気を配っておられました。
無念だったと思います。
早智子奥様はじめ支援されていた方々の悲しみ、残念さはいかばかりでしょうか。
私は1986年に狭山にある高校に入学し、そこで「狭山事件」を知りました。
その高校は同和問題の授業にも熱心で『造花の判決』も見ましたし、図書室にも狭山事件に関する書籍がかなり揃っていました。
そこで興味を持ったことから何度か狭山現地事務所にもお邪魔し、まだ焼ける前の一雄さんの実家の鴨居も見学させていただきました。大学の頃には、水平社創立70周年で映画『橋のない川』がリバイバルされましたが、その頃にも現地事務所にお邪魔し、映画もいいけど映画の撮影風景を交えたドキュメンタリー番組『橋のない川の世界』が放送されるからと勧められ拝見したことを覚えています。
就職してからは全く接点がなく、一雄さんが仮釈放されていることも2005年に鳥越俊太郎さんの『ザ・スクープ~見えない手錠をはずして~』で10年以上も経ってから知りました。
佛立教育専門学校に入学していた2008年頃には「京都部落問題研究資料センター」での部落史連続講座に度々参加し、そこで知り合いが出来たことから以後部落問題に関わる機会も増えました。しかし、以前から狭山現地調査に参加してみたいと思っていたのもののなかなか実現しませんでした。
2021年、宗務本庁総務局のお役をいただくことになったのですが、慣例で総務局員の中から局長、庶務部長の他に2名ほど宗門の「差別委員会」に入ることになっており選んでいただきました。
内容は「同和問題にとりくむ宗教教団連帯会議」、通称「同宗連」という集まりに参加することで、そこで再び「狭山事件」との接点を持つことが出来ました。日比谷野音で開催される「狭山事件」の再審を求める市民集会に参加しデモ行進をしたり、昨年は東京高等裁判所への要請行動にも参加。また、念願の狭山現地調査にも参加出来ました。
写真はその際に撮っていただいた石川一雄さんとのツーショットで、翌日には奥様の早智子さんがこのような形にして、別のカレンダー版とともにプリントアウトして会場まで届けてくださいました。
そんな中で、2024年10月に袴田さんの再審無罪が確定し、本当にもう次は石川一雄さんという直前での訃報でしたので本当に残念な気持ちです。この上は何としてでも無実の罪を晴らしてほしいと願います。
石川一雄さんお疲れさまでした。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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もう10年以上前になりますが、ある御講席での出来事です。
私が御講席を勤め、上行所伝の南無妙法蓮華経の御題目をお唱えしていた時、突然、正座している右足のふくらはぎの脇をふわふわの毛のような物体が、足先から膝に向かい猛スピードでかすめていったのです。何事かと驚いていると、今度は左足の膝のあたりを右前から左後ろに抜けるようにかすめていきました。目には何も映りません。ちょうど感触としては、最近は見かけなくなりましたが、きつねの毛で作られたフカフカのキーホルダーのようです。「猫かな?」と思ったのですが、猫にしては位置が低すぎます。ハムスターって感じでもないしなぁ・・・、などと考えていました。
御講が終わり、席主の方にこの出来事を伝え、何か飼っていた動物はいませんかと尋ねると。
「リスです!」とのこと。
リスかぁ、なるほど。あのフカフカとサイズ感、あのスピードといい、まさにリスだ!と納得したわけです。10年以上前に飼っていたそうですが、かわいそうな亡くなりかたをしたそうです。これまで、ご回向(お弔い)もされていなかったとのことで、ご回向をお勧めしました。
それにしても、10年以上もの長期にわたり、その上これまでに何度か転居されているのに、ついて来たみたいです。そのリスだったとすればの話しですが・・・。
さて、このような私たちが今住んでいる現実世界(此岸)と、亡くなった後に行く世界(彼岸)の、狭間のようなところにいる状態を仏教では中有とか中陰といいます。よく言われますが、人が亡くなると中有の期間があり、その間は七日ごとに裁きを受け、四十九日で次の行き先が決まり生まれ変わるということ。さらに四十九日で、行き先が決まらない場合は百ケ日とか、一周忌、三回忌までかかって行き先が決まる場合もあるとか。このことについて、お祖師さま日蓮聖人は十王讃歎鈔という御書に著されております。
また本尊問答抄には、ご自身が出家得度された際のお師匠であり、ご染筆の2年ほど前に御遷化された道善御房について、正しい法華経本門のみ教えを信じることが出来ず、いまだ中有に彷徨っているのではないかと案じておられます。
中有で彷徨う理由はいくつかあると思います。
一つ目は、この世やこの世に残した人に未練がある。
二つ目は、自分が亡くなったことを理解できない。
三つ目は、行き先が決まらない、または、決まっていてもそこに行きたくない。
ということではないでしょうか。
先述のリスの場合は、二つ目ではないかなぁ。
ご回向は、その霊に亡くなったことを気づかせることになるかと思います。
さらに、上行所伝の南無妙法蓮華経によるご回向は、その霊にとって一番良い行き先に案内してくれます。ただし、ここで一つ重要なことは、亡き動物のご回向をしても、すぐには成仏しないということです。勿論、動物たちがどれだけ飼い主を癒したことでしょう。動物園の動物たちも同様です。食肉となる動物たちは身をもって人の命を繋ぎます。盲導犬やセラピードッグなど、人のために尽くしている動物もいます。ですから、こうした動物たちは天上界(いわば天国のような世界)へと行くことが出来るでしょう。しかし、天上界は浄土ではありません。天上界とは人間界の上に位置しますが、だからと言って、次に地獄界や餓鬼界といった悪い世界に生まれてこないわけではありません。私たちは、下は地獄界から天上界までの六つの世界を生まれ変わり死に変わりしているのです。これを六道輪廻といいます。成仏とはこの六道輪廻を逃れ、さらに上にある寂光浄土という仏の世界に行くことです。ここは、生前の仏道修行(上行所伝の南無妙法蓮華経を自分で唱え、人にも勧める修行)によってのみ行ける世界です。残念ながら動物たちには、仏道修行は出来ません。
しかし、上行所伝の南無妙法蓮華経によるご回向によって、次に人間として生まれ変わり、その上で、上行所伝の南無妙法蓮華経にお出会いすることが出来るのです。そして、しっかりと仏道修行を重ねることで成仏の果報を得ることが出来る、真の至福の境地に到達することが出来るのです。
動物のご回向といえば、熊本・長薫寺所属で、養豚業をされているご信者さんのお話に、亡くなった豚のご回向をさせていただいていたら、病気などで亡くなる豚が減ったというお話がありました。そういうこともありますから、やはり動物たちのご回向も大切ですね。
写真は岐阜にある、金華山リス村の台湾リス。なんか想像していたより毛が固かったです・・・。
ちょっと前になりますが、3月20日お彼岸の朝、木村良尚師が説かれた御法門の中で、次のような体験談がご披露されました。
熊本・長薫寺所属で70代のある女性信者さんの、六年生になる男のお孫さんが、二ヵ月ほど前から不登校となっているとのことで、そのご信者さんとお孫さん、その子のお母さんに当たる娘さんと三人で来寺され受け持ち御講師に相談をされたのです。その際、男の子は御講師に「この人誰?」「早く帰りたい」などと悪態をついていたそうです。そんな中で話が始まりました。話を伺っていると、この子のお母さんには霊感があるようで、ある朝、枕元に中学生と小学三年生くらいの男の子が現れ、自分に甘えてきたというのです。実は、このお母さんには男の子を挟んで二人の水子(当宗ではスイシと言う)があり、生まれていればちょうどこのくらいの年になるらしく、二人が現れたときにこのお母さんは、自分の水子ではと気づいたのです。すると二人の子は「なぜ生んでくれなかったのか」「僕達も学校に行きたかった」と言ってきたのです。お母さんは、生んであげられなかったことや今まで忘れてしまっていたことを何度も謝ったそうです。
この話を伺い受け持ち御講師は、では南無妙法蓮華経の御題目でご回向(供養)させていただきましょうと勧めました。しかし、このお母さんは、ある新々宗教の信者となっているから、ここでお参りはしないと言うのです。それでも、御講師はその新々宗教では亡くなった方も救われないと説得をされたところ、ではお参りするということになり本堂に移動することになりました。その時、お母さんが「今、亡くなっている誰かが喜びました」と言うのです。
そして、本堂で南無妙法蓮華経の御題目をお唱えを始めました。夜10時を過ぎていることもあり、15分ほどでやめようかと御講師が家族の元へと下りていきますと、このお母さんはお看経(御題目を唱えること)をやめません。結局1時間ほど御題目を唱えたのです。なぜかと伺うと、亡くなった方たちが喜んでいて、その感情が伝わってくるので、お看経をやめたくてもやめられなくなったというのです。さらに、この時大きな変化が起きており、先ほどまで悪態をついていた男の子が、急ににこやかに御講師に話しかけてきたのです。
その後、この男の子は二日後から登校するようになるお計らいを頂き、お母さんも喜ばれ入信。今も家族でご信心に励んでいるとのことです。
以前も水子が大きくなって現れた話を書きました(過去記事「水子は育つ」)が、やはりこういうことはあるのですね。さらに、この体験談で言えることは、本門八品、上行所伝の南無妙法蓮華経の御題目によるご回向(供養)が、亡くなった方にとって何より嬉しいことであるということです。
世間一般では、先祖や亡き霊に対して、気持ちさえあればどんなやり方でも良いと思われがちです。確かに、亡くなった方を思う気持ちはその方に届くでしょう。でも、気持ちが届いただけで救わるわけではありません。南無妙法蓮華経による回向は、気持ちが届くだけでなく、亡き霊が救われるのです。だから喜んでくれるのです。
よく当宗に入信したばかりの方が、御題目を唱えているとなぜか涙が勝手に溢れてきて止まらないということがあります。これも、始めて御題目で先祖や亡き霊を回向したことで、その方々の喜びが伝わっているためです。南無妙法蓮華経の回向による不思議な話は無数にありますので、またの機会にお話しします。
ここで一つ付け加えておきたいのですが、体験談の中で不登校だった子が、二日後から学校に行くようになるご利益を頂いたとありますが、これは決して登校することが良くて、不登校が悪いということではありません。子どもの頃に不登校でも、大人になり様々な分野で活躍されている人があったり、幸せな生活を送っているという人はたくさんにいます。不登校だったからこそ、広い視野で物事を見ることが出来たり、人の痛みがわかるという人もいます。
ただ、この体験談の男の子にとっては、学校に通える方が、自分の未来や家族にとって良い結果をもたらすからこそ、仏様(御法様)がこのようにお導きくださったのだと思われます。逆に学校に行かない方が、良い未来になるのでしたらそのように導かれるのではないでしょうか。
ところで私のところも、娘の上と下に水子がおります。今日はちょうどその上の子の祥月命日でした。朝はお塔婆を上げご回向をさせていただいた次第です。
それにしても、私には体験談に出てきたお母さんのように、この子たちの存在を身近に感じるような出来事が無いのです。そっか、やっぱりパパよりママがいいですもんね。くさいパパよりねぇ・・・。 (過去記事参照)
写真は遠妙寺飯能別院に咲いた花。別院には色々な花が咲くのですが、ほとんど名前がわからないんです。どなたか詳しい方がいらっしゃいましたらお教えいただきたいのですが。
数日前、朝の御法門で田原彰行師が、ご自分の受け持ちご奉公での出来事を体験談としてご披露されていました。それは次のようなお話しです。
ある役中(お役を頂かれているご信者)さんから、今度の教区御講(御導師の御講)は実家の両親の都合で帰省するため不参しますとのこと。彰行師は、それは御講参詣出来ない罪障であるから、御講参詣成就の祈願をしてあとは御宝前にお任せして下さいとの折伏をされたそうです。その役中さんは納得がいかない様子でしたが、翌朝の御法門の内容がお任せの大事であったことから、御講参詣成就の祈願をされたようでした。すると数日後に、両親の都合で日程が変更となり教区御講にお参詣出来たというお話しでした。
咄嗟にこのようなお折伏をされるとは・・・。私の受け持ちのご信者さんには申し訳ないのですが、私には出来ないなぁ~、たぶん。ご信者さんから同様のことを言われたら、「あっ、そうですかぁ~」というくらいしか答えられなさそうです。。。
という情けないことではマズいので、御講に不参するとどうなるのかについて、ちょっとした私の体験談をここでご披露させていただきます。
もう30年以上前になります。以前の記事でもご披露の通り、私は毎月、木村榮治・由美子さんご夫妻宅の御講にお参詣しておりました。そんなある御講の日、私は「お休みだし家でゆっくりしたいなぁ」などと御講参詣を面倒に思い不参してしまったのです。不参しておいて、少ししたら「ちょっと遊びにでも行こうかなぁ」などと思い、わが家の車が止めてある駐車場に行くと・・・。ちょっと車が傾いているようで変だなぁ、と思いつつ近寄ってみたところ、なんと右後輪だけがなくなっているのです。ご丁寧にそこには分厚い角材がかませてあり、そのため車が傾いていたのです。それにしても、こんなオンボロ・ブルーバードの、それも廉価グレードの扁平82&鉄チンホイールのタイヤを一つだけ盗んでどうするのでしょうか?こんなリスクを冒すより、買った方がよっぽど安いと思うのですが・・・。
父の曰く、これまで何度かガソリンを抜かれたことがあったため、給油口に細工をしてガソリンを抜けなくしたことに対する、嫌がらせではないかとのことでした。でも、それにしてはレンチやジャッキ、その上角材まで用意するなんて周到過ぎますよね。
ということで、遊びには行けず盗難届を出しに行ったり、タイヤやホイールナットを買いに行ったりして休日は終わってしまったのです。
まぁ、命に関わるような出来事でなかったから良かったのですが、そもそも私のような果報が無いものは、御講参詣等の日頃の信行ご奉公の功徳で災難を逃れるお計いを頂いていたのに、その功徳積みを怠った訳ですから、定業に従って起こるべくして起こった出来事ですよね。
ともかく、この出来事があってから、御講参詣をサボることが怖くて出来なくなったわけです。
ところで、このところコロナも終息に近付いているような気配がします。コロナ禍では、御講やお寺参詣が思うように出来なかったという方も多いでしょう。リモートや時間を合わせ自宅でお参詣なんていうこともありましたが、私はそうしたご信者さんには、「御講の時間に合わせてお看経するだけでなく、せめて御講席までの移動にかかるはずだった時間分はお看経をさせていただきましょう。それと、使うはずであった交通費分はご有志など、ご信心のために使わせていただきましょう。」とご披露させていただいておりました。たとえそうしたとしても、実際に御講参詣させていただいた分より、功徳は少ないはずです。
コロナ禍でも御講やお寺参詣に励んでいるご信者さんもおります。この方々は、困難な状況下にあって、コロナ対策などの努力や工夫をしてお参詣され、平時より大きな功徳を積め、御法様からご守護頂けているはずです。
もし、リモート参詣で良しと思っていたり、コロナという理由が出来たおかげでお参詣せずに済んだなんて思っている人がいたら恐ろしい限りです。積めるはずの功徳が積めないわけですから、ご利益もご守護も頂けなくなってしまいます。
これからがウィズ・コロナなのかアフター・コロナとなるのかわかりませんが、コロナ禍で積めなかった分の功徳を取り返せるよう励まないといけませんよね。彰行師の御法門を聴聞し、そんなことを思い巡らせていました。
写真は、わが家のブルーバードのある風景です。
追記2012.4.12
記事の一部を削除致しました。親しみを込めて書いたのですが、よく考えてみますとその方の名誉を傷つけるような内容でした。お詫び申し上げます。
飯能地域でも、飯能社会福祉協議会と「チームオブドラゴン」というボランティア団体とでフードバンクの活動が本格的に始まります。
実際に支援を行うのは飯能社会福祉協議会で、「チームオブドラゴン」ではそのための食品受け入れをおもに行います。
写真のリーフレットに記載のとおり飯能市総合福祉センターにて、3月14日10~12時を皮切りに、毎月第二日曜日に食品の受け入れを行います。詳細はリーフレットをご覧下さい。
なお、私もこの活動に参加させていただきます。(3月14日には参加致しませんが)
もし、提供したい食品はあるが、リーフレットに掲載された時間やその場所に持っていくことが困難という場合は、私の方でお預かりすることも可能です。
また、飯能市在住の方で支援を希望する方があれば、「チームオブドラゴン」から社協に依頼することも可能です。
勿論、リーフレット掲載のとおり、直接飯能市社会福祉協議会にお問い合わせいただいても構いません。
皆様のご協力をお願い致します。
連絡は下記gmail宛てにお願いします。
ユーザー名は
syoukouogawa
です。




