私はずっと不思議でした。
父は財力も不動産も持っていたのに、なぜか持ち家を持たなかった。
マイホームという概念がないのかと思っていました。
私が家に対する執着心がないのは、父の影響かもしれません。
父の真の思いは、今となっては、思い計るしかないのだけれど、父の継母との関わりが大きく影響しているのではないかと思います。
彼女の何となく邪悪な雰囲気に子どもの私は恐怖を覚え、彼女になつくことは出来ませんでした。
今思い出しました。彼女のイメージはタバコです。
父がタバコを吸う女をとても嫌っていたことも。
話がそれました。
両親が亡くなって、家という不動産が遺産として残らずに、本当に良かったと思います。
父が残した不動産については、私は相続を放棄しました。
とにかく、欲深い人たちと関わりたくないからです。
ただ、その他の自分の権利は主張し戦い続けるつもりです。
また、それました。
結局、現の世で両親の居場所は、墓になりました。
仏壇は私の手の届かないところに安置されているので、私は二度とお目にかかることはないと思います。
私も死んでからは知る由もないので、生きている間に自分の居場所を決めておこうと思っています。
自然葬です。
ところで、今私が住んでいるのは賃貸のマンションです。
便利な所にあるのでなかなか動けないでいるのですが、正直言って管理している不動産屋については、言いたいことが一つや二つで収まりません。
事前通告なく、だらだらと長引く修繕工事の騒音に悩まされています。
説明を求めたら、子供だましなことを言われてごまかされました。
また話がそれるようですが、引越しなどで退居するとき、契約書にどんな記載があろうと、敷金は必ず借主のもとに戻ります。
借主の権利です。
調停すれば一回で終わります。私は相手がごねれば、闘います。
老婆心ながら追記しました。
たとえ持ち家を持っていたとしても、近隣に変な人が住んでいれば、動くに動けず毎日が地獄でしょう。
騒音おばさんや、ごみおばさん、みたいな逮捕者もいましたね。
そんなの、氷山の一角だと思います。
そうしてみると幸せは、住みかに関して言えば、持ち家云々の話ではないような気がします。
今、周りの住人が不在で工事の人間しかいないことを確認して、大音量でジョン・ケージのプリペアドピアノを聴いています。
ずっと、ボーズを使っていましたがソニー、いいですね。
ハイレゾです。