このごろ、クリスチャン・マクブライドばかり聞いていたので、クラッシック、特に現代音楽が聞きたくなってCDとDVDの棚をごそごそしていると。
武満徹がありました。
自分で買った記憶がないので、多分母の遺品の山から持ち帰ったものだと思います。
ほうっておけば、勝手にブックオフに売却されるであろう母のCDをごっそり持って帰りました。
母は父の影響でクラッシックを聴くようになり、特にチェロが好きで、ヨーヨー・マや、ミーシャ・マイスキーを好んでいました。
だから、武満徹とは意外でしたが、理由はすぐに分かりました。
小澤征爾がコンダクターだったのです。母は彼が好きでした。
前置きが長くなりました。武満徹は、ノヴェンバー・ステップスくらいしか知らなかったのですが、「系図」という曲に初めて出会いました。
涙が止まりませんでした。
谷川俊太郎の詩の朗読が、武満さんの音楽をバックに語られます。おじいちゃん、おばあちゃん、おとうさん、おかあさん、そして、とおくという詩。
谷川俊太郎の詩は、以前は不思議な感じを残す言葉、という認識しかなかったのですが、死を日々のとなりに意識している今の私には、違って聞こえた。
私の心の中で、私の時間の流れに脚色された私自身の詩となって、響いたのです。
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おとうさん、おとうさん、ずうっといきていて。
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おかあさん、わたしともはなしをしてほしい。
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むかし、わたしはどこかにいて、いま、わたしはここにいる。
おとうさん、おかあさん、そして、ふたりよりもっととおくにいるかもしれないわたし。
みんな愛おしい人たちです。