ずいぶん前に流行った断捨離は、生活に定着化しているように思えます。
が、自分の身の始末は、モノの始末のように簡単にはいかないようです。
最近では子どもに墓守をさせる負担を嫌って、自ら永代供養の墓を契約する高齢者が増えていると聞きました。
そして、先祖代々の墓を始末する、しまい墓なるものがトレンドだとか。
90歳近い舅は10数年前に、自分の墓を買いました。このごろしきりに心配しているのは、墓守のことです。
墓守のために、養子を取るとまで言っています。
死せば現世のしがらみから自由になれる自分はいいとして、現世に残された者に新たなしがらみを作ろうとするとは。恨まれこそすれ、ありがたがられるとでも思っているのでしょうか、、、
私は部外者だと思っているので、件の墓に入ろうと思っていませんし、一切関与しませんが、なんだかおかしな話だということは分かります。
夫や姑がどう判断するかですね。
肉体を離れて、現世とお別れするとき、立つ鳥跡を濁さずではないですが、残された人が争うことのないよう、身の始末はきちんとしておきたいと考える今日この頃。
物については、50年生きてきた足跡は、なかなか思うように片付いてくれません。
けれど、この身については。
火葬されて終わりです。
きれいに骨壷に収まるために、まだまだこの世ですること、山積です。