治験の日々の中で考えた その8 生き急ぐということ | 乳がん・ステージⅣ・トリプルネガティブ・余命5年未満。でした。

乳がん・ステージⅣ・トリプルネガティブ・余命5年未満。でした。

生きよう、楽しもう、幸せになろう。
私たちは、がんに関わる全ての人たちとつながりたい。

治験期間中、化学療法中は、レジャーへゴーとは、いきませんでした。

このことも、はたしてこのまま化学療法を続けてもよいものか、当時受けていた治療に疑問を持つきっかけになったことは確かです。


1週間に1回、決められた日時に病院にいないといけない。

確か、間に1週間休みがあったと思いますが、長期の旅行やレジャーの計画が難しかったのは事実でした。


しかも、夫が付き添いたがるので、鬱陶しくて仕方がない。

たまに、一人で受診すると、主治医に「今日は旦那さんは?」とその都度皮肉られるくらいでしたから。

ですから、夫から解放されたかったのも、あるかもしれません。



気持ちと体が治療中心になっているので、余暇や趣味を楽しむ心の余裕を失っていました。

だから、気になっていたジャズピアニストのコンサートも、落語会も知ってはいたけど、行きたいとは思ったけど、実際に行けなかった。


行きたい気持ちをセーブしたのは自分自身です。行きたければ、どんなことしたって行けばいいのに。

これから先も、ずっと何かを諦めてやっていけるんだろうかと考えたとき、生き急いだと言われた人たちが走馬灯のように頭をよぎりました。


自分のしたいことを前倒ししてどんどんやってしまう。そこには思考はほとんどなく、体と気持ちがほとんど一体の状態だと思います。

そうしたいと思いました。

現実は、裁判や家のことなどで足を引っ張られてしまってるけれど、計画はどんどん立てておこうと。

そうして、できることはどんな小さなことでもやっておこうと。


そのためには、体が動く状態にしておかなければなりません。



命がいつまでもないと分かっていたら、あなたは何をしようと思いますか。

生き急いだといわれる人たちは、現世での自分の使命を知っていたのでしょう。

何のために生まれてきたのか分かっていたら、それを実践してこの世での生を終わりたい。


後悔したくないですものね。そして、次の世に生まれてくる魂に気持ちよくバトンを渡したい。


私は何だろうな。まず、身の回りの整理をしておく。遺言書を今お世話になっている弁護士さんに作ってもらう、お墓を作る。

母が亡くなって、よく分かりました。

周囲の人間が争う必要のない、きれいな死に方をしたい、と。



それから、現世での美しいものを見ておく。大いに笑っておく。父は笑って亡くなりました。楽しい夢を見ているかのように。現世が辛すぎたから、なのかなと思いました。

私はこの世でも、あの世にいくときも笑っていたいです。


だから、心が決まり始めていました。大学病院での治療はやめよう、と。