治験の日々の中で考えた その6 くさい | 乳がん・ステージⅣ・トリプルネガティブ・余命5年未満。でした。

乳がん・ステージⅣ・トリプルネガティブ・余命5年未満。でした。

生きよう、楽しもう、幸せになろう。
私たちは、がんに関わる全ての人たちとつながりたい。

化学療法を受けるにつれて、体に起きた数々の変化の中で、嗅覚、触覚、味覚の変化があります。


もともと、香水や洗剤類などの人工的なニオイは苦手だったのですが、これに拍車がかかったとでもいいましょうか。


世で言う、化学物質過敏症に似た症状が出始めたのです。


芳香剤、タバコや石油系のニオイに頭痛がする、嘔吐を催す、蕁麻疹がでるときもありました。


10数年前から、家で使うすべての洗剤は、せっけんに替えていました。というのも、市場に多く出回っている石油系洗剤を使い続けるにつれ、蕁麻疹が出始め、ニオイも鼻につくようになっていたからです。

もともと、そういう体質だったのかもしれません。


抗がん剤を使い始めてから、石油系のニオイに満ちたドラッグストアなど、足を踏み入れることもできなくなりました。


公の場に使用されている芳香剤や消臭剤もだめ。


整髪剤、安いコロンなどを使っている人にも、くさくて近寄れない。


ビニールやラップのにおいまで、気になる。


大好きだったクナイプさえも、使えなくなっていました。


プールの塩素のニオイもアウトに。塩素は肌に触れると、猛烈なかゆみを感じるようにもなっていました。



化学物質過敏症の人の中には、自分の感覚が他人に理解してもらえず、精神病者扱いされることもあるそうです。


そのことが、よく分かりました。


私が嘔吐を催したり、皮膚をぼりぼり掻き毟っても、側にいる人にはそのような症状は出ず、したがって理解もしてもらえない。


何事も、自分を中心に考えるのが人。


想像力がなければ、人を理解することは難しい。


そのことが実感できた日々でした。


また、人と違う行動を示すと異常と判断する、多数にこそ狂気を感じ、それを暴力的とさえ感じました。ま、私は子どもの頃から、変わり者扱いされてきたんですけどね。


そうしてみると、病気も個性みたいですよね。



それから、味覚。これは、趣向の変化と言ったほうがよいかもしれません。常用していた亜鉛のおかげで、味がまったくしないということは、なかったのです。


でも、甘党だった私が、砂糖たっぷりのスウィーツが食べられなくなった。


砂糖がダメになったのですね。料理の味にも敏感になりました。病気が発覚する前は、フレンチが好きで、自分でも日常的に作っていたのです。


それが、まったく食べたくなくなった。



また意図的に回避するようになったものもあります


漢方の先生に、えび、かにのような甲殻類と鶏肉の皮はがんに悪いと聞いたので、それらは避けるようになりました。それまでは好きで、敵のように馬鹿食いしていた食材です。



食べるものについては、いろいろな人がいろいろなものを薦めています。


だから、私は敢えて、これがいいとは勧めません。それこそ、自分の体に合った食材というものはあるだろうし、体が求めないものは口にしたくもないでしょう。


人によって、体に効く食べ物は違うと思います。自分の体に聞いてみるとよいと思います。


ちなみに、私が日常的に食べているのは、発芽玄米と大豆製品。きのこと野菜と青さかな、梅干みたいな昔の日本人が食していたようなものです。

料理は和食メインで化学調味料はほとんど使いません。



それでも時々欲しくなったら、おいしい肉も食べます。それに、体に悪いと知りながら、ポテチはやめられません。


がんになってから、化学療法を始める前と動脈塞栓術を受けるたびに、入院をしましたが、そのときに出された病院食は、ほとんど食べられませんでした。



白米だし、ゴマも使われてるし、砂糖や化学調味料の味もバッチリしています。一般的にがんに悪いと言われているものばかり。


食事はキャンセルできると知ってから、そのようにしました。できれば、入院中に口にする食事にも何か工夫があればよいと思います。