これはYahooのブログ時代からの古いお付き合いであるレイさんの記事をリブログさせて頂いた。以前から同じように感じていたボクにはまさに此処に同志ありきである。

 

確かにPCの普及と共に日本にもデジタル化が押し寄せ、スマホ等でも英語の略語が蔓延している。SNSやD Xは実生活に於いてもごく普通に使われているしその略語には辞書が必要になる程で我らシニア世代を悩ませてくれるのだ。

 

コンピューターが身近になって来てからこの略語化は避けて通れないと覚悟はしていたがそれプラス、ボクにはどうにも納得出来ない事柄がある。それは近年の洋画のタイトル、今や原題をそのままにカタカナ表記して邦題とするケースだ。この習慣は実に嘆かわしい、、「エブリィシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」とかちょっと古いが「リバー・ランズ・スルー・イット」これらはまさに近年の日本の洋画斜陽を象徴しているような邦題ではなかろうか?例えどんな秀作だとしてもこんな感性を持って命名された映画は絶対にオレは避けて通る。

 

何処かの知事さんにしてはコロナ禍で日本が空前の危機に直面していた時に「ソーシャルディスタンス」だの「ワイズスペンディング」やら訳の判らない単語を並べて都民を煙にまいていた時期もあった。そもそもカタカナには「th」と言う表現はないし「R L」の区別もないのだそれを無理矢理、日本語表記にする事に問題が大アリである。ちょっとレイさんが書かれていた事とは的外れになるがそんな日本の風習がボクは気に入らないのだ。