“アナタってテレビを見てて、局付きのアナウンサーや女優さんでも決して嫌いとは言わないでしょ?“ “男のキャスターや解説者だとチャンネルを換えてしまうほど極端に好き嫌いがあるのにどうしてでしょうね?”っと先日、奥方が突っかかって来た。
でもそりゃそうだよな、男として異性が好きと言うのは当たり前じゃないのか?まあ確かに病院でもマスク姿だと言うのにあの眼科の看護士さんはともさかりえ似でボク好みだしリハビリ科の〇〇さんは小さくて可愛くて実に魅力的なんだぜ、。っと普段から言っているので人を好きになる率はかなり高いのかも知れない。
思えば本格的に映画を見るようになったティーンエージャー時代でも直ぐにスクリーンに大写しになる女優さんを好きになっていた。
まずはこのアンジー・ディッキンソンを、始めてお目にかかった映画はジョン・ウェインを相手にした西部劇、”リオ・ブラボー”(59年)誕生日から逆算すると彼女が28歳の頃、って事は当時のワタシより一回り以上年長だったんだ、、イヤ待てよ、母親に近い??しかし長きに渡り随分と沢山の出演/主演作を見てきた。
その後60年代に入るとこの人、、クリスティーヌ・カウフマン。彼女になると断然世代が近くなる。映画は”隊長ブーリバ”(62年)で僅か17歳で主演に抜擢、その清楚でお姫様風情に完全にノックアウトされた。
映画で共演したトニー・カーチスと駆け落ち結婚、、彼にはジャネット・リーがいておしどり夫婦として有名だったのに38歳の彼を狂わせた”魔性”でしょうか?しかしその結婚生活も5年で終焉、アレグラとアレキサンドラと二人のお嬢さんに恵まれハリウッドで女優業をやっているが残念ながらジェイミー・リー・カーチスみたいにはならなかった、、。
時代は被るがその頃、ミケランジェロ・アントニオーニ監督に見出されたイタリアーノ、モニカ・ヴィティ。あの不思議な映画、”太陽は一人ぼっち”(62年)ではアラン・ドロンと共演、何を考えているのか判らないけだるい表情が何時までも印象として残っている。英語が苦手だった事もあるが遂にハリウッドへ渡ることもなくずっとイタリアで映画に、、80年代後半までは活躍していたのだが、、。
フェイ・ダナウェイ、始めてスクリーンでお目にかかったのは”俺たちには明日はない”(67年)だっかか?その後”華麗なる賭け”(68年)ではスティーブ・マックイーンと共演、保険調査員として黒幕のトーマスに近づく役柄。彼らのチェスシーンは今に語り継がれる程にセクシーな場面だった。更には”チャイナタウン”(74年)ではジャック・ニコルソンと共演、”タワーリング・インフェルノ”(74年)と大活躍、かなりの作品を見ているがやはり”チャイナタウン”に戻って来てしまう。
そして最後、、真打はやはりこの人、オードリー・ヘップバーンかな?実は”ローマの休日”(53年)の時はこっちも若かったしそんなに”うお~”と叫ぶ程にファンになった訳じゃない。それが”昼下がりの情事”(57年)くらいから気になりだし彼女の出番があるってだけで”許されざる者”(60年)へ、、。
”ティファニーで朝食を”(61年)、”マイ・フェア・レディー”(64年)はもう完全にリアルタイムストライク、、それから逆に”サブリナ”(54年)や”戦争と平和”(56年)、”ファニー・フェイス”(57年)などを見直したんじゃなかったか?
ロンドン、パリ、ニューヨーク、ローマと何処を舞台にしても実に素晴らしくマッチする。ミステリーの要素が一杯だった”シャレード”(63年)などはもう何回見ているか、、やはりこんな人は映画界広しと言えどそんなに出て来ないだろう。
惜しまれて亡くなったのは63歳の時、ワタシの記憶には何時までも60年代の姿が残っている。そう言っちゃ失礼だが絶世の美女と言われたエリザベス・テーラーの晩年は見たくなかった、、、。
日本の女優さんの場合は超単純、お竜さんを演じた藤純子がワンアンドオンリーである。




