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イタリアのひと、こと、ものとほん

non ragioniam di lor, ma guarda e passa.

東京にいる時は果物を食べずに過ごしてしまう日も少なくないが、イタリアへ行くと途端に果物の消費量が増える。


私は料理の腕が皆無である上に、外食をしようとしても驚異的な確立で不味い店を引き当てる。

イタリアに居て不味いトラットリアを探すほうが難しいと思われるだろうが、事実なのだ。


とりわけ2年前にローマで食べたカルボナーラは印象的であった。

カメリエーレに、味はどうだ?と笑顔で尋ねられたが、ニヤリと笑みを浮かべる事しかできなかったのを覚えている。申し訳ない。


ローマに住んでいた頃は、外食など贅沢はあまりできない学生の身分であったため、

私に残された道は、「調理不要で体にいいものを食べる」ということであった。

そのような事情があり、常に林檎や蜜柑、グレープフルーツやバナナなどを買い込んでいた。


果物はイタリアの国内旅行のお供にも最適だ。

ナイフ一本持っていけば、旅先で買った林檎などを食べてその日をしのぐことができる。

列車内で蜜柑のおすそ分けの光景はよく見かけたものだ。

また旅行の前にはたいてい、師匠がいろいろ果物を持たせてくれたので有難かった。


2年前、ローマから帰国しようというとき、師匠が蜜柑とくるみを持たせてくれた。

素手でのくるみの割り方もレクチャーされた。

「飛行機で食べ切れなかったら、東京で列車で食べるがいい」

「ああ、ありがとう、そうするよ」


そんな会話をして別れたのだが、日本に戻って思い直した。

列車でナイフで林檎をむいてかじっている人は東京にはいない。

くるみを素手で割って食べる人もいない。挌闘家と間違われるだろう。


小心者の私はくるみと蜜柑をそっとリュックにしまって、家路についた。