火曜日のきのう、また小御門神社に行った。
お札、御守を入手するためだった。
初詣で先週訪れた際には社務所が閉まっており、目的を果たせなかったからだ。
6日ぶりの参拝ということになる。
正直なところ、信仰心があるわけではない。
なんとなく身近にあるべきものがないと落ち着かない、という俗な気持ちによる再訪だった。
しかし、である。
きのうもダメだった。
社務所はまたもや閉まっていたのだ。
予定表が貼られていた。
前回、この予定表の存在に気づかなかったか、あるいは貼られていなかったか。
見れば、不定休である。
今後は訪問前に確認しなければいけないようだ。
失意の中、それでも参拝し、身代り石にも触れておいた。
「無駄足」
そんな言葉が頭をよぎったが、すぐにそうではないと思うことにした。
そんな考えは、邪心。
失礼なことだろう。
何度も身代り石を撫でているうちに、
固い石頭のような考えも柔軟になり、
厄も取り除かれているかもしれない。
きのうも、ありがたい機会だったのだ。
なぜなら、また訪れる理由ができたのだから。
宗教とか信仰とか難しいこととは無縁だが、
心のよりどころとして何かを信じるということは、
案外気楽なものなのかもしれない。






