姉にガンが見つかったと知らされたのは、昨年だった。

 

12月25日、クリスマスの日だった。

 

腎臓ガン。

 

幸いなことにステージⅠだという。

 

自覚症状もないそうだ。

 

年明けからいくつもの検査を行い、2月下旬に入院しての手術が決まったらしい。

 

 

 

 

5日前の2月1日、日曜日。

 

そんな姉と母が住む湯河原に向かった。

 

 

 

空港第2ビル10時48分発の特急「成田エクスプレス14号」に乗車。

 

 

 

 

 

東京で12時発の特急「踊り子9号」に乗り継いだ。

 

 

 

 

 

最近の湯河原行きの定番ルートである。

 

小田原が過ぎれば、熱海時代がなつかしい海を眺める。

 

 

 

踏切内で自動車が立ち往生したとかの影響で、

湯河原には定刻より3分ほど遅れて13時16分の到着だった。

 

出発する列車を見送りつつホームを歩く。

 

いつものように、湯河原駅前は穏やかな空気が充満していた。

 

 

 

二人が住むマンションには、13時半頃には着いた。

 

2月1日。

 

ちょうど1カ月遅れの正月である。

 

顔を合わせるのは昨秋以来だ。

 

どちらも元気そうでなによりだった。

 

 

 

ご馳走はいらないと知らせておいたら、本当に質素な料理での会食となった。

 

野菜サラダ、煮物、銀杏、かまぼこ、さばの燻製など。

 

充分だ。

 

通販で購入したという五島軒のビーフシチューも食した。

 

手土産として持参した苺大福も、食後に角ハイボールと共に味わった。

 

 

 

この日は早々に眠りに落ちた。

 

最近の旅疲れもあってか、よく眠れた。

 

 

 

翌2月2日、月曜日。

 

身支度をした後、8時半過ぎから朝食をとった。

 

もちろん、ビールで乾杯した。

 

余った小豆で母が作ったという赤飯も食した。

 

食後には、これも手土産として持参した生どら焼も口にした。

 

 

 

良い天気である。

 

朝食を終えた後に独り、散策した。

 

 

 

まずは産土(うぶすな)八幡神社へ行った。

 

誰もいない。

 

母と姉の健康などを祈り、参拝する。

 

遠く、真鶴半島と海が見えた。

 

 

 

東海道線のガードをくぐって急坂を歩き続け、次は城願寺に行った。

 

 

 

 

 

ここも、誰もいない。

 

 

先ほどと同じように遠く、海が見えた。

 

 

 

そして、戻る。

 

 

 

ほどなくして、昼呑みの時間となった。

 

前日からの続きで、通販で買ったという五島軒の2種類のコロッケと、

 

ハンバーグ。

 

洋食店の味を存分に味わえた。

 

 

 

食後にコーヒーと共に口にしたぴーなっつパイは、これまた自分の手土産品である。

 

 

 

こうして、24時間あまりの湯河原滞在の時間は終わった。

 

各々思い出したように身の上話をする時間も、悪くなかった。

 

 

 

16時34分発の特急「踊り子10号」に乗る。

 

 

 

 

 

東京で18時03分発の特急「成田エクスプレス47号」に乗り換えて成田に帰った。

 

 

 

成田駅で下車した後、こちらの「銀だこハイボール酒場」に入った。

 

カウンターの席で軽く呑んだ。

 

生ビールとお通し、おでん5種盛り。

 

角ハイボールと、九条ねぎマヨ特製ソースのたこ焼。

 

 

 

病気の姉、85歳と高齢の母。

 

今回はどちらも元気そうでよかった。

 

湯河原へは、いつまでも平穏な旅として行けることを願う。

 

世は無常だとわかってはいるつもりではあるが。

 

 

 

 

この夜は、満月だった。