わずか1か月での問題発生です。
3月に購入したクルマのことです。
こともあろうに、助手席の扉がある日突然、開かなくなったのです。
ロックが解除されないのです。
最初はごくまれに、気まぐれで開くこともあったのですが、次第に症状は悪化。
独りで運転するだけなら支障はないものの、修理に出すことにしました。
なにせ、初度登録年月2006年2月、という12年落ちのクルマです。
破格の安さでしたが、やはり、それなりのリスクが伴うわけです。
かつて乗っていたクルマでは窓が閉まらなくなったことがありました。
開かなかったり閉まらなかったり、いろいろと苦労させられます。
クルマを購入したのは横浜の中古車販売店で工場も併設されてはいるのですが、そこには行きませんでした。
遠いという距離の問題もありますが、なんとなく信用出来ない気がしたのです。
「使えません」と断言していたクルーズコントロールが普通に使えたり(これは嬉しいことではありますが)、書類に記載されている内容に誤りが多かったり、相当にテキトーだったのです。
結局、三島や沼津に隣接した駿東郡にある販売ディーラー系の店に依頼することにしました。
すでに一度、直接出向いて現況を見てもらい、見積もりをもらっています。
昨日、あらためて出かけました。
大型連休前半の最終日ではありましたが、渋滞もなくスムーズに到着することが出来ました。
作業時間は1時間半程度とのことだったので、クルマを預けて外に出ました。
近くのファストフード店でコーヒーを飲んだ後、散策してみることにしました。
外は良い天気です。
近所に神社があるようなので、行ってみました。
八幡神社。
誰も人はいません。
こちらが、頼朝義経兄弟の対面石だそうです。
源頼朝は、平家との富士川との合戦のために奥州から挙兵支援のためにかけつけた弟の義経とこの神社の境内で涙ながらに対面し、この石に腰かけたという由緒ある場所だと知りました。
そのときに頼朝が食べた柿が渋柿だったため、ねじって捨てたら後に芽を出して2本の柿の木に成長した、という伝説が残る「ねじり柿」も傍らにありました。
こちらの台座に乗った石は、鎌倉時代の作だという御随神(ごずいしん)だそうです。
この辺りは、東海道が箱根越えになる以前の参道にあたるそうです。
楽しくなってきました。
裏から入ってしまったようで、こちらが正面にあたります。
バスも通る道に出ると、大きな看板が掲げられていました。
やはり、対面石が「売り」のようです。
参道の傍らに咲くつつじもきれいでした。
旧東海道ということでしょう。
続いて、すぐ近所にあった智方神社に行ってみました。
こちらには石ではなく、立派なクスノキがありました。
この町でもっとも大きい樹木、と記されていました。
こちらには、後醍醐天皇の皇子、護良親王にまつわる話があるようです。
護良親王は鎌倉の土牢に殺されてしまったのですが、側近が密かにその首を持ち帰る途中、すぐ近くを流れる黄瀬川の洪水に遭い、持っていた親王の首をやむなくこの地に葬ったそうです。
その目印に植えたのがこのクスノキ、とのお話です。
また、作家の井上靖が中学校への通学時にこの樹の下で休憩したとも書かれていました。
こちらは大正時代の話なので、護良親王の首よりも信ぴょう性があるよう気もします。
傍らの公園では、老夫婦がベンチに腰かけて休んでいました。
なにもそんなに離れなくても、などと余計なことを思ったり。
自分にはわかりませんが、長く連れ添ったからこその距離感なのでしょうか。
頼朝義経兄弟のように対面する必要もないのでしょう。
黄瀬川にかかる橋の上から撮影した眺めです。
その昔、洪水したとは思えない穏やかな川の流れです。
富士山もきれいに見ることが出来ました。
散策を終えて店に戻れば、クルマの修理は完了していました。
助手席の扉も普通に開閉されるようになっていました。
当たり前のことではありますが、嬉しくなります。
夜、プロ野球中日の松坂大輔投手が日本球界では2006年以来、12年ぶりとなる勝利をあげた、という報を目にしました。
復活勝利。
同じ日、12年モノの我が愛車も、とりあえずは復活したわけです。
今後、どちらも故障することなく長く活躍してほしいものです。
大型連休、開かずの扉のおかげで歴史を感じる小さな旅を楽しむことが出来ました。