おととい、モザンビークにやって来ました。
モザンビークに来た理由は、とくにはありません。
あえて挙げれば、昔から気になる国だったから、ということでしょうか。
初めてモザンビークを知ったのは、中1の社会科の授業でした。
アフリカの飢餓をテーマにした教材の中で、「内戦が続くモザンビークの難民が隣国ジンバブエに流入している」といったような内容でした。
その2国のうち、響きがユーモラスなジンバブエには大学1年生の春休みに訪問しました。
のみならず、ついには卒業論文もジンバブエの政治をテーマに提出したほどです。
さらには25歳のときにも再訪するなど、自分にとっては身近な存在となったのです。
一方のモザンビークに関しては、内戦とその後の混乱もあり、訪問の対象とは思えないまま、長い月日が経ってしまいました。
しかし、いつだか、そんなモザンビークを旅することが出来るようになったことを知ったのです。
ならば、と、今回訪れる機会を作ったのです。
日本の旅行ガイドブックの類がないので、とくに情報収集に力も入れぬままに来ました。
そんな、テキトーな旅もよいでしょう。
ただし、入国に必要な査証は先月、在日大使館で発給してもらっています。
また、ホテルはエクスペディアから予約しておきました。
マプト空港に到着後、まずは黄熱病予防接種のイエローカードの提示を求められました。
2012年にアフリカのガーナを旅するに際して接種済みのため、持参しているイエローカードを提示しました。
次いで、入国審査です。
パスポートを提出すると、
「入国カードを出せ」
と、仏頂面の女性係員に言われました。
機内で配布されていません。
いったんその場を離れ、周囲を探します。
デスクでそれらしきものに記入している人の姿はありますが、肝心の用紙はどこにも置いてありません。
自分と同じようにうろたえている人も見受けられました。
ほどなくして、ちょっとした人だかりを見つけました。
男性職員が持つ入国カードに群がる人たちでした。
その輪に加わり、入手することが出来ました。
早くも、疲れます。
入国カードに記入後、再度入国審査のカウンターに向かいました。
先ほどのお姉さんがあまりに怖かったので別のお姉さんの列に並んでみましたが、やはり仏頂面の威圧的な対応でした。
外貨を落としに来た良客のつもりですが、仕事に忠実なようです。
不安になるほどあれこれ調べるような作業の末、晴れて入国のスタンプがパスポートに押されて、ようやくモザンビーク入国となりました。
スーツケースを引き取り、出口ではタグの番号照合もされます。
その後、到着ロビーに出ることが出来ました。
ホテルにタクシーの手配をお願いしておいたので、自分の名前が書かれた紙を持った男性が立っています。
挨拶を交わし、共にターミナルを出ました。
駐車場から車を出してくるので待つようにと言われ、待っている間に撮影。
やがて到着したのは黄色いタクシー。
後部座席に乗り込み、ホテルへと向かいます。
「どこから来たのか?」
といった定番の会話を英語で交わします。
モザンビークの公用語はポルトガル語ですが、観光関係者にはやはり英語が通じるようです。
と、ここまでは、どんな国のどんな空港から乗るタクシーや送迎車でもよくある展開でした。
空港を出たのは、14時前。
あとは、ホテルに向かうだけ。
ホテルは市街地ではなく、少し離れたリゾートホテル風の宿を予約しています。
10分ほど走った後、小さな建物の前で車が停車しました。
「ボスと交代する」
とのことです。
建物の中から、ボスというには痩せて小柄でサングラスで、どちらかというとチンピラ風の男性が出てきました。
そして、
「申し訳ないが、こちらの車に乗ってくれ」
と言われ、別の車に乗り換えさせられました。
同じように黄色い車体のタクシーですが、相当のオンボロ車です。
まず、なかなかエンジンがかかりません。
また、すぐに警報音が鳴り出し、その止め方を二人で確認し合っています。
なんとなく、嫌な予感がしてきます。
ようやくエンジンがかかったので、再び出発です。
今度の運転手はあまり英語を解さないのか、無口です。
5分ほど走ったところで、またも車が停車しました。
「ボスが乗ってくる」
とのことです。
今度のボスは身なりもキチンとした、いかにもボスらしい人物です。
しかし、乗車の理由はわかりません。
助手席に座ると、車はまた走り始めました。
仕事の話なのか、二人は熱く話をし続けています。
完全に乗客無視の状態です。
変に構われるよりはマシですが、「?」な気持ちが湧いてきます。
車はほどなくして、ガソリンスタンドに入りました。
客を乗せる前に給油くらいしておいてほしいものです。
いや、普段は稼働させていないポンコツ車だからこそ、ガス欠だったのかもしれません。
給油量は、8リッター。
なんて、中途半端なんだ!
ガソリンスタンドを出た車は、すぐに港に面した通りに出ました。
「フェリーに乗る」
と言われました。
やはり、と思いました。
予約したホテルは直線距離では近いのですが、海を隔てた対岸にあります。
島ではないのですが、道路で迂回するとかなりの時間を要するであろうことは、事前に地図を見て想像していたのです。
通りには乗船待ちとおぼしき車が列を作っています。
その最後部に車を停めると、運転手は港の事務所に向かっていきました。
エンジンが切られ、いっきに車内は蒸し暑くなってきます。
助手席に座るボスとの沈黙の時間を過ごします。
しばらくして、運転手が戻ってきました。
「フル!」
言われなくても、車の列の長さを見ればすぐに乗船出来ないことはわかります。
待てばいつか乗れるだろう。
長期戦覚悟です。
運転手はエンジンをかけずにキーをONにしてエアコンをつけました。
バッテリーが上がってしまう!
不安になってきます。
しかし、すぐに
「外のほうが涼しい」
と、車を出ました。
自分も続きます。
様子を見に行っているのか、それとも誰かと交渉でもしているのでしょうか。
急なスコールで、また車内に戻り、ひたすら待ちます。
すでに15時半になろうかという頃です。
空港を出て1時間半。
こんなことなら、素直に市街地のホテルにしておけばよかったかな、などと考え始めてしまいました。
フェリーは30分おきに運航、とホテルのホームページに載っていましたが、列に並んで約1時間。
初めての船が入港するのが遠くに見えました。
人や車が下りてくるのが見えます。
車を離れていた運転手が嬉しそうに前方から走ってきました。
助手席のボスに何か告げると、いっきに列の前方まで車を走らせました。
説得したのか脅かしたのかわかりませんが、女性ドライバーの車の前に割り込むように車を停めました。
やがて、人と車の乗船が始まりました。
車は1台ずつチェックを受けて乗り込みます。
我がタクシーの番が来ました。
ところが、運転手と女性職員がもめ始めました。
どうやら、登録された順番と違う、ということのようです。
運転手は車を下りて猛抗議を始めます。
周りの関係者、待たされている後方の客も参戦し、激しい口論が繰り広げられました。
ボスは、我関せず、と助手席に座ったままです。
それでよいのか、ボス?
結局、運転手の猛抗議は受け入れられず、車は後退を命じられました。
傍を次々と車が乗船していきます。
待つしかありません。
口論は、窓の外でも起きていました。
バナナ売りの男性と、菓子売りの女性。
同業でもないのですが、縄張り争いなのでしょうか。
乗船していく人たちを眺めていても、かなり生活感が伝わってきます。
大きな荷物を頭の上に乗せて歩くおばさん、破れた服をまとい、手押し車を運ぶおじさん。
軍人や子ども、学生風のオシャレな若者。
明らかな旅行客など、絶無です。
1台のトラックが乗船しようとしたとき、運転手は車を下りました。
そして、トラックの運転手と女性職員にしきりに何かをアピールし始めました。
「こいつも割り込みをしたんだ!」
とでも言っていたのでしょうか。
このトラックも我々同様に後退を命じられました。
こちらの運転手への恨みの罵声が聞こえてきました。
と、我がタクシーの乗船が突然認められました。
ボスに車から降りるよう促され、一緒に車を下りました。
横をタクシーが猛スピードで船に向かって走っていきました。
ボスが言います。
「急げ!お前も走れ!」
えっ?
だったら車に乗せて行ってほしかった、と思いつつも、船までの推定200メートルの埠頭を走りました。
ボスも背後から走ってきます。
夕陽を背にしていたら、刑事ドラマのようです。
自分が乗船したと同時に、船の巨大な扉が閉まり始めました。
時刻は、まもなく16時になろうかとしています。
振り返れば、ボスが手を振っています。
何のためにここまでいたのか、最後までわかりませんでした、ボス。
最後の1台、最後の乗客として、周囲から冷めた視線を浴びます。
フェリーといっても客室があるでもなく、動く鉄板のようです。
車の間に人がギッシリと立っているのです。
屋根もありません。
その光景はぜひ撮影したかったのですが、さすがにその勇気はありませんでした。
運転手もようやくホッとしたようで、話しかけてきました。
「中国人か?日本人か?」
今ごろ交わす会話ではない気がします。
続けて、自虐気味に言ってきました。
「これがモザンビークだ」
15分ほどで船は対岸の町、カテンベの港に着きました。
人も車も我れ先に、と下船していきます。
乗り込んだ我がタクシーも出発、といきたいところが、エンジンがかかりません。
周りの車から早く行け、とクラクションを鳴らされます。
「後ろから車を押しましょうか?」
と、言ってみます。
やはり、こうなるのだ。
絶望的な気分になってきます。
しかし、何十回とエンジンキーを回した末、車は奇跡的にも息を吹き返しました。
これで、なんとかホテルに辿り着けそうです。
未舗装の道を走り、ホテルをめざします。
下船して10分あまり。
タクシーは道端にいた警官に停止を求められました。
運転手は、窓越しに免許証や車検証を提示しています。
その後、何かの違反をしたと主張する警官と、それに納得出来ない運転手との応酬が始まりました。
またも、トラブル発生。
権力には勝てるはずもなく、運転手は車を下りて違反切符を切られることになったのでした。
「最悪の警官だ」
などと、ため息がちに吐き捨てました。
違反理由はわかりません。
さすがに同情してしまいます。
再び悪路を走り始めます。
5分ほど走り、殺風景な建物の前で車は停まりました。
運転手が、言ってきました。
「アイムソーリー」
今度は何が起きたのか、本当にわかりません。
運転手は、車を下ります。
対岸の新たなボスの登場でもなく、そこが目指すホテルであったことにまったく気づかなかった自分には、我ながら驚きです。
いろいろあって申し訳ない、という意味での「アイムソーリー」だったようです。
時刻は、まもなく17時になろうかとしています。
空港を出て、約3時間。
空港からホテルまでの道程で、しかもタクシーの乗客として、これだけ濃密な時間を過ごした記憶はありません。
これが、モザンビークなのでしょうか。
ホテルに入ると、フロントレセプションの男性がにこやかに出迎えてくれました。
「ようこそ。モザンビークは初めてですか?モザンビークは、いかがですか?」
痛烈な自虐ネタのように感じられ、返答に窮しつつも
「エキサイティング」
などと言ってしまったのでした。