今回のグアテマラ訪問の大きな目的でもありました。
「いつかこのリングで戦いたい」
と思いながら毎週日曜日に観戦しに通っていたのは26歳のときでした。
やがて多くの運や縁に恵まれて練習に通うことが許され、ついにはデビューに至ったのです。
1998年3月に引退して帰国した後、2002年と2004年にはそれぞれ1試合だけお願いして試合をさせてもらいました。
実に12年ぶりの「聖地」ですが、客席からの観戦となると18年ぶりということになります。
胸が高ぶらないはずがありません。
問題は会場の立地で、ソナ12にあるシウダッド・レアルという、地元の人たちにも「治安が悪い」と言われるような場所にあります。
ルチャリブレは本来、貧しい人たちの間の娯楽だったのです。
試合開始は16時30分。
終了は19時頃と思われます。
怖いもの知らずだったかつてはローカルバスで通っていましたが、旅人としてはタクシーで行くことに決めていました。
帰りにタクシーを見つけられるような場所ではないことを知っているため、現地を往復してくれるよう、交渉することにしました。
2002年と2004年の「復活戦」のときも、この作戦でした。
高貴そうな人や商魂たくましい雰囲気の人は避けようと思いながら、ホテル近くの広場周辺を歩きつつ、タクシー探しをしました。
広場の隅に停まっていた、きれいとは言えない小型の韓国車のタクシーが目に入りました。
車の外で、ボッーとしているおじさんが運転手のようです。
まさに、求めていた逸材です。
早速、話しかけて交渉開始です。
「ソナ12にある『アレナ・グアテマラ・メヒコ』でルチャリブレを観戦したいので行きたいのですが、わかりますか?ただ、またここに帰りたいので、往復でお願いしたいのですよー。試合は16時半から、多分19時頃までなので、その間は待っていてもいいですし、もしよかったら、一緒に観戦しませんか?チケット代はこちらでもちろん支払いますから!いくらで、行ってもらえますか?」
いっきに、まくしたてました。
会場の住所は、メモしたものを手渡します。
運転手のおじさんは一瞬戸惑った様子でしたが、少し考えた後、
「200ケツァルかな」
と、言ってきました。
3千円ちょっとなら、かなり安いものです。
「お願いします!」
と、明るいワタクシ。
しかし、おじさんはまた考え始めたらしく、
「でも、今何時?」
と訊いてきました。
「3時11分です」
「4、5、6、7時、ってことは、4時間かー。300ケツァルかな」
「えー、高いですよ。も少し安くお願いします」
「250ケツァル」
晴れて、交渉成立となりました。
車中、話せばのんびりとして人の良さそうなおじさんでした。
こちらの素性も明かし、久しぶりの訪問であることも話しました。
ただ、会場の場所がはっきりとはわからないらしく、携帯電話で何度か、どこかへ問い合わせをしていました。
道中、以前とは違って随分と道も景色もきれいになっていました。
最近出来たばかりという郊外型のショッピングモールや外資系ファストフード店などもあり、月日の流れを感じます。
途端に悪路なります。
おじさんが「危険だから」と、ドアロックをします。
何度か人に道を尋ねながら、ようやく懐かしい会場に到着することが出来ました。
ひとり20ケツァル、300円ちょっとの金額です。
試合開始まで40分以上あるため、まだほとんど客はいませんでした。
席は自由席。
最後方の見やすい辺りに腰掛けました。
懐かしい場所に戻ってきました。
「あら、あなた、以前グアテマラに住んでいて、ここで戦っていたわよね?名前は、えーと、なんだったかしら?」
「◯◯(自分の名前)です。プリンシペ・オリエンタルです」
「あら、やっぱりそうよね?元気だったの?」
今回、グアテマラのプロレス関係者には誰にも連絡をとらずに来ていました。
彼女は、この会場の主宰者でありエースでもあるヴォルトロン選手の妻でした。
自分のことを覚えていてくれたのです。
あの選手はどうした、とか、あの人は亡くなった、とか立ち話をした後、せっかくなのでマスクとTシャツを記念に買いました。
Tシャツは、ラヨ・チャピン。
超マニアックですが、グアテマラのヒーローです。
連絡せずに来た非礼を詫び、ヴォルトロン選手にもよろしく、と伝えました。
16時半過ぎから試合が始まりました。
ただ、かなり客入りが悪く、たまたまなのか、それとも最近はこんなものなのか、気になるところです。
スパイダーマン?
全5試合なのですが、セミファイルの第4試合にヴォルトロン選手が登場しました。
自分が来ていることは伝わっているらしく、リングに上がるとこちらを見て、
「◯◯!」
と名前を呼んで挨拶してくれました。
この距離感がまた、ルチャリブレの魅力でもあります。
この金色のマスクの選手がヴォルトロンです。
タクシー運転手のおじさんも隣りで楽しそうに観戦し、声援や拍手を送っています。
ただ、路駐している車が心配なようで、途中で一度様子を見に行っていました。
ヴォルトロン選手は試合が終わると、客席にいる知り合いと握手をして回ります。
自分も下に下り、握手し、ハグしました。
「◯◯、元気か?」
覆面越しに話しかけられました。
「また来ますね」
「戦いに戻って来るか?」
さすがにその約束は出来ないので、
「そうしたいですね」
と言って、別れました。
試合の合間、DJ風の会場のアナウンスでは、
「きょうは日本から◯◯さんも観戦しに来てくれていまーす!」
と、嬉しい言葉も聴けました。
なんとも粋な計らいに、嬉しくなります。
「ここはお前の家だ。またいつでも帰って来い」
18年前、ヴォルトロン選手にはそう言ってもらい、このグアテマラのリングを去りました。
ひたすら頑張って生きていた頃の自分を思い出してしまいます。
メインイベントの試合では、ヴォルトロン選手の息子がタイトルマッチで登場しました。
愛嬌のある幼かった少年が、今ではメインの試合に登場。
変わるものあり、また、変わらぬものあり、感慨深いものがあります。
すべての試合が終わったのは19時頃でした。
すっかり暗くなった中、ホテルに帰ります。
運転手のおじさんも、
「皆、覚えてくれていてよかったね」
などと、言ってくれました。
大満足の夜。
気分良く、多めの金額をお礼の言葉と共におじさんに手渡し、ホテル前で別れました。
前夜と同じ中華料理店に行きます。