似てると言われてショックだった芸能人 ブログネタ:似てると言われてショックだった芸能人 参加中
本文はここから  ちょっと主旨違っちゃっているけど、これに関連して・・。
私が若かりし頃、喫茶店でコーヒー豆を買いに行った時だ。
マスター(それがとても風変わりで、ここはなぜお客さんがいるのだろうって・・。確かに豆はマスターが自家焙煎でとっても美味しいし、安いんだけれどでもマスターとコーヒーで語らわないなぁっていつも思っていた)が豆をひいている間、他の客に淹れたコーヒーが余ったのか「これ飲めば」とカップ半分くらいのコーヒーを出してくれたので「あ、じゃあ」と言ってかなり空いている席に座ったところ、隣にいた客が私のほうを見て「あなた、あの人に似ている。五十嵐麻利江」と話しかけてきた。

「いがらしまりえ」ってひらがなでネット検索して漢字がわかったくらいだからかなりコアな名前ですが、いるんですよ。

私は面食らったが、コーヒーのおこぼれということもあり笑顔で「ありがとうございます」と答えた。
すると「え、何でありがたいの?」と聞かれ、ちょっと困って「だって芸能人だし、綺麗じゃないですか」と答えた。
すると「俺 そう思わねぇ」って タイトル通り。爆弾

綺麗だと思わない人の名前を、初対面の人に言うかね。
さすが、マスターの店に通う人だと思いながらそれでも笑顔で豆をもって帰った。

五十嵐麻利江さん、綺麗ですよ。
好みは別として・・。目

恋の思い出、視覚に残る?臭覚に残る?聴覚に残る? ブログネタ:恋の思い出、視覚に残る?臭覚に残る?聴覚に残る? 参加中
本文はここから  私が今までした恋の経験の中で、強烈に覚えている感覚って・・実は痛覚である。
この感じからいって、その恋は当然上手くいかなかった。フラレたのだ。そして私は完膚なきまでに落ち込んだ。
どのようなものだったのか、思い出すことは出来るし、ここに綴る事も出来る。
思い出したくもないって感じじゃないし、それほど今はそのことにダメージを持ってはいない。

じゃ、どんな経過かというと、それを書いたとしても、それはなんか自分都合になってしまうしそんなに大それたものではない。
でも「自分にとって」それは大事件であったし、大怪我を負ったことに変わりはない。

特記しておくべきことは、私の消し方にあったのかもしれない。
私は「事情があって」と言って去っていった相手に「どうして?」と聞かなかった。
自分の思いを伝えなかった。
訳を聞いたところで相手の意思がかわらないことを知った私は、自分の溢れ出る思いをぶつけることをしなかった。
後で考えると、どうせ別れるのだから「綺麗に」別れる必要なんかなくって、悪態の限りを尽くせばスッキリしたんだとうけれど。
私は別れ際まで、彼に「綺麗な女だ」と思ってもらいたかったのだろう。
別れようなんて思う相手に、綺麗な・・なんて感情出るわけないのにダウン
愚かな事ったら(→o←)ゞ

自分の溢れ出るマグマみたいな感情を抑えるのはそれはとても容易ではなかった。
赤ん坊みたいに泣きじゃくる勝手な気持ちを持て余すことも幾度となくやってきたし。

それが、休止期に入るまで何度も繰り返して。
だから今はそういった痛みにちょっとだけ耐性が出来ている。
それは、この手荒な洗礼に対して神様が教えてくれたちょっとしたご褒美。¥

こんな自分でも何人かは、そんな風に相手を傷つけたこともあったから。
傷つけた方は一向にこの痛みなんかわからなかったから。
だから、それはご褒美。

傷ついていただくものも実は多かったりするんだ。

つらつらと、長々と書いたけど、だから恋の思い出はモチロン相手の香りだったり(好きだったのはアラミスとエゴイスト)、一緒に観た映画だったりするけど、強烈なのは痛覚。

イチローが言ってたけど、直接傷がついた痛みじゃなく。

でも、これは強烈。

だから、イチローのコメント野球できない私が一番よくわかるよってテレビ見て思ったチョキ

ヘンな所、天才かも・・。








どうして離婚ってするのだろうか? ブログネタ:どうして離婚ってするのだろうか? 参加中
本文はここから  何故なら、それは結婚したからでしょ。
人ってそんなに賢くないから(当然個人差はあるけれど)、やってしまった後「後悔することって」ザラにあるでしょ。
で、ほとんどは「明日から切り替えよう」って思うだけでいいのだけれど、相手がいたり物が介在したりすると自分だけでそれは解決が出来ない。
いわゆる契約ってやつがそれなのかな。相手に相談して、理由を考えて(私なんぞは出来るだけ相手に不快感を与えないようにどうやって伝えようか必死にシュミレーションなんかして)、そして結果待ち・・なんて果てしない労力をつぎ込むわけ。
ただの契約だってそうなんだから、離婚なんて直→相手が受け入れやすいような・・というか傷つかないための「メンタル100%」の契約破棄を起こそうっていうのだから、それはとても大変でしょう。

しかも、結婚とかって当人同士だけでなく親・友人・その他招待客までついてきちゃうから、それはとても厄介だったりする。

人生を後ろから前に進んで(戻ってではなくて)考えようとすると、離婚しないって断言できないわけがないから「結婚しない」方が傷がつかなくってまっさらな歴史になるだろう。

でも、ゼッタイに結婚する。結婚したいって思う。
その人とその後どうなろうと、貧乏だったり・性格に難ありだったり・癖ありだったとしても恋に落ちた状態の時「離れようとするのだろうか?」
自分で彼を直してみせる・・なんて青臭い年ではないけれど、今だって好きな人と寄り添って公然と「この人は私のものです、幸せです」って言ってみたい感は十分に残っている。
とりあえず今の幸せを逃しちゃダメ、チャンスの神様は前髪しかないのよって。

でも、年月は自分を変える。と同時に相手も変える。
だから、ずれが出てくるのは人として仕方ない。
そこから、頑張れる人は頑張って添い遂げればいい。
努力を惜しまないことは気高い。

だけど、弓折れ矢尽き果てたら、戦国時代じゃないんだから「殉死」する必要はないと思う。
だから、その結果は「撤退=離婚」になるかな、結婚していれば。

それまで、みなさんもの凄い葛藤されたのではないでしょうか?
数日でさっさかアメリカから帰国して離婚しちゃった葉月里緒菜とかは別として。

この間はとても自身問うたのではないでしょうか?
これでいいの?間違いはないの?

その答えは、本人のみぞ知る。