土曜日。
サドルを交換した自転車に試乗。
硬い。そして座面中央が盛り上がっていて座面そのものが高くなった気がする。すぐに遠乗りする気にはならず。
池袋に面倒な用事で出かける。試乗を兼ねて職場まで自転車で。
ようやく季節が自分に追いついたようだ。
用事を済ませたら昼過ぎだった。
とりあえず新宿に戻る。
のどがカラカラだったので何か飲むことにした。
歌舞伎町のドンキで買って路上飲み。ほぼ一気飲み。渋谷は路上飲み禁止らしいが、ここは大丈夫なはず。だが、他に路上飲みしてる人はいない。
昼食とする。
西口の思横。
中華丼、680円。
ダイエット中にこんなもの食べてる場合かと思うが、材料を思えばこれは焼いたサラダといえる。
高校生の頃から通う店。この時間、ほぼ全ての客が酒を飲んでいる。
友達に、新宿にいる、と、この写真を送ったら、岐阜屋だな、と即答された。
酒場放浪記を地で行く生活をしてるのは知っているが、それにしてもすごい脳内データベースと反応速度と言える。
歩いて帰るか。
自宅までなら30キロ弱だが、自転車を置いた職場までなら20キロちょいだろう。
新宿からは三年に一回くらい、飲んで終電逃して歩くことがある。そうすると、ちょうど翌朝の始発列車が到着するくらいの時間に家に着く。始発を待つことはまずない。待つくらいなら歩く。ただだしな。
とにかく甲州街道を歩く。この道は京王線が沿っているのでこの時間ならいつでも歩くのをやめて電車に乗れる。
新宿西口をスタート。
歩き始めてすぐ、山手通り手前の寺で、早速おれを励ますような言葉を見つけた。
歩けるところまで歩こう。
冬なら30キロ、夏なら20キロが自分にとっては適度な散歩の距離だ。疲れ過ぎもせず、歩き足りなくもない。
環七中華、じゃなくて、通過。歩き始めて1時間。
暇なせいか昔聞いた経済学クイズを思い出して、歩きながら考える。
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3人の宣教師(うち2人は子供)と3人の先住民(同)が川岸にいます。川には2人まで乗れるボートが一艘(そう)あります。ボートを漕げるのは、大人だけで、子供はボートを漕ぐことが出来ません。また、どちらかの岸で、先住民の数が宣教師の数より多くなると、先住民は反旗を翻して宣教師に襲いかかってしまいます。全員が無事に対岸に渡るには、どうしたら良いでしょうか?
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まだ酔いが残っているせいか、考えがまとまらない。脳内でいつのまにか先住民が一人増えたりする。答えが分かったような気がするが、正解か分からない。
環八中華。歩き始めて2時間。なんだか早くも疲れてきた。半年前に八王子で失神したトラウマが蘇る。何か飲んだ方がいい。
そう思いつつも何も飲まずに歩き続ける。歩くのを止めるのが面倒くさい。
もう電車に乗るか。
環八の先で甲州街道は新道と旧道に分かれる。当然左の旧道を行く。
千歳烏山駅。ここで乗るか。
飲んだら乗るな、体重計。ガッカリすることになる。
ここでは電車に乗らず、あと2駅歩くことにした。大きな下り坂があるのでそこを歩きたい。
職場までとっくに半分以上はすでに歩いた。
あと10キロもないが。
坂を下る。
なんだ、この先渋滞か。
歩いてるおれには関係ないか。
ここまででよし。2時間50分、12.9キロ。
案外短かった。
同じ時間飛行機に乗れば、成田から上海まで行ける。無駄な時間ともいえる。
しかし無駄は無用とは違う。
時間も人間関係も言葉のやりとりも、無駄なものはやめてしまえ、というのは多少乱暴な気がする。
サッカー、ラグビー、クリケット、、、スポーツはもともと金持ちで暇なイギリス人が始めたものが多い。本来、やる必要はない無駄なものだ。生活に追われる人の発想にはない。
そのスポーツや、あるいは芸術も無駄の産物といえる。しかし、それが人間の生活をどれほど豊かにしているか。
無駄話、という言葉がある。無駄というのになくならないのが無駄話だ。無駄話は無用ではない。これが人同士の関係をどれほど潤滑にしていることか。人は知らぬうちに、無駄話に情報を発し、情報を受け取っている。無駄は無用ではない。
無駄に歩いた記録。
消費カロリーは617kcal。具なしのおにぎりは一つ170kcalなのでおにぎり四つ分歩いた。たった四つか。
中華丼て何カロリーなんだろう。
ほぼ中華丼分歩いた。よしとするか。
気がつくと酔いもすっかり覚め、腹も減ってきた。
職場から自転車で帰宅した。少し日焼けしたようだった。