「今年こそお会いしましょう」
年賀状にそう書くのも、そう書いてあるのを読むのもそらぞらしく、おれは今年から年賀状をやめた。
その旨を記した葉書を、年賀状のやり取り相手全員あてに、昨年の年が押し詰まるかなり前に投函した。
しかし、本当に会いたい人には本当に会おうと心に決めた。そして年末のうちに高校時代の仲良し5人組を召集して飲んだ。コロナ以来だった。
経緯は詳しく書くのも読むのも煩瑣なので省くが、奇縁あって大学時代の友人のN君が今年の3月末日をもって早期退職することを知った。おれはかなり驚いた。自分の同期が現役を退く。
おれは彼の住所しか知らない。この機を逃したらもしかしたら彼とはもう一生会うことなく終わるかも、と思った。おれは彼に、会おう!という手書きの手紙とおれのLINEのQRコードをデカデカと印刷したA4の紙を茶封筒に入れて投函した。彼からのLINEが届いたのはそれから3日後であった。
そのLINEには、会おう!日時と場所はLotus君に任せる、と書かれてあった。おれは小躍りしてはしゃぐより、しゃがみ込んで歓びをかみしめた。
場所は田園都市線沿線にお住まいの彼とおれの自宅の場所を考えると渋谷が最適である。大学時代によく飲んだのも渋谷であった。場所は渋谷のほかにない。
しかしだ。どの店にしたものだか。まさか学生時代によく行った激安居酒屋とはいかない。今回の邂逅は彼の退職祝いでもある。
彼と最後に会ったのは25年前のおれの結婚披露宴である。おれの披露宴には1000人の客が招待されたのでその場で彼一人と親しく話をする時間はなかったはずだ。しかも考えてみると大学を出てから結婚前までもほとんど会っていなかったから、実質的には会って親しく話をするのは大学卒業以来、約35年ぶりということになる。
あ、おれの披露宴に招かれたのは100人だったかもしれない。いや、10人だったか。
つまり、N君との再会は一種の祝祭といえる。それなりに上質の、じっくり話ができて、本当にうまいものを提供する店にご案内したい。
安い居酒屋しか知らないおれは店を選ぶのに困ることになるはずであった。
だが、おれには心強い友がいる。
東京中を飲み歩くことのべ4000店。しかも地元の渋谷は自分の庭、と豪語するK氏である。
おれは前回K氏と飲んだ時、この再会の意義を説明し、おすすめできる店を問うた。
予習をしないで教えを請うのは弟子として最低である。おれはおれなりに店を下調べして、これはという数軒の店の評価をK氏に問うた。
「知ってるけど行ったことはない」
師の評価は簡潔であった。それはつまり、知ってはいるが行くほどの価値はない店、ということだろう。
改めて伏して問う。では、どの店なら。
師曰く、焼き鳥ならここへ行け。
まともな焼き鳥を食べて感動したければ、だが。安くはないぞ。二人組のみ予約制可能、しかも時間帯に合わせて五組限定のカウンターだけの店である。食に感動とは。K氏ならではの言葉だ。おれはその言葉のしっぽにすがるような気持ちがした。早速その店に予約を入れて、N君に伝えた。
🌼
5月2日。
夜6時に予約をいれた日のこと。おれはそれまでの時間はあまりに暇だったので早めに家を出て新宿まで電車に乗り、そこから歩いて渋谷へ向かった。途中の代々木公園でやっているイベントをひやかしたり、渋谷の町をうろつけば時間は簡単につぶせそうだった。
今年の夏も酷暑になることを予感させるような暑い日だった。
明治神宮の参道を歩く。
イベントはやっているのだかやっていないのだかよくわからない感じだった。夜市がテーマなのか、まだ時間的に早かったか。
とりあえず渋谷の街におりて今日の店の場所を確認しておこう。
かなり小さな店で、なかなか見つからない。多分同じ路地を2,3度通り過ぎたと思う。ようやく見つけた。
とても小さな間口だ。これでは目に留まらないはずだ。
陀らく。
名前からしてひとくせありそう陀。
予約したらメニューは自動的にお店のおまかせとなる。寿司屋はそうだけと、場合によっては値段は天井知らずとなる。
一旦街に戻る。
この日の渋谷の人出は殺人的というほどではなかった。
トイレに行きたくなったがこの辺で入れそうなトイレはない。前回渋谷に来た時同様、109にトイレを借りる。ここは5階まで上がらないと男性トイレはない。
あきらかに場違いのおれだが、ほかにトイレがないのだから仕方がない。若くてファッションの先端を行く女性たちに連なってエスカレーターに乗る。
まだ30分前だが店の前で待つことにした。
スマホを開いてN君に店の大雑把な場所と酔手羽というデカい看板の角にいる、とLINEを送る。おれはスキンヘッドだからすぐ分かるだろうと加えた。
初めて会う人を待つのも緊張するが、あまりに長いこと会わなかった人に会うのも緊張するものだと思った。
あ、あの人かな!?
おれはその人に微笑みかけたけど反応がない。おーいN!Nくーん!
その人はハッとしたようにおれの顔をみた。
おい、久しぶりじゃないか!
連絡くれてありがとう!
変わってないなあN君。
白髪混じりにはなったけれど長めのウェーブがかった髪はふさふさだし、おれよりやや背が高いが腹は出ていない。むしろ痩せ気味か。
まあ、入ろう、と店の戸を開けた。
異界に入ったようだった。焼き鳥を食って安酒飲んでクダを巻くという店ではない。若い案内係に導かれて席に就く。
痩せたね!誰だかわからなかった!と言って笑うN君の笑い方を見て、こういう笑い方をする奴だったな、と思い出す。
マスターと思われる方からシステムの説明を受けて、まず生ビールで乾杯する。
とても丁寧に下処理されて、細心の注意を払って焼かれたと分かる焼き鳥。一串ずつ丁寧に出される。
これが焼き鳥なのか、今まで食べてきたのが焼き鳥なのか。明らかにものが違う。食いもん、ではなくて、作品、とでも言おうか。
静かな店内でお互いに卒業後のあれこれを報告しあう。両親のこと、家族のことを教え合う。へえ、そんなことあったんだ。
それで笑っちゃうんだけどさ!と二杯目のビールを飲んで少し興に乗ってきたN君が、息子さんのドジ話をする。ちょっと声がでかいぞ、とひやっとする。
大学の人と会ったりしてる?
ああゼミの仲間とは今でも年に何回か会うよ。
おれの方はさっぱりだ。
おれたちが知り合ったプラモデルクラブは健在で、今年が創立50周年とのこと。そうだったのか。今年は学園祭に行ってみようかな、ははは。
先月レガッタ見にいったよ。
勝った?
負けた。
はははは。
クラブで同期はおれたち2人だけだった。1年先輩は1人で1年後輩は3人で、この3期は誰もが寡作で暗黒の3年と言われていた、と聞いて、そうだったね!と思い出してその暗黒のリーダー格だったおれの声が今度は高くなった。おれたちの代の2年後にスーパースターが現れて、おれたちを補ってあまりあるほどすごい作品を大量に作り続けてくれたんだったな。あいつなんて名前だっだっけ?えーと、思い出せない。わっはっは!2人の笑い声が大きくなってしまった。
これ、すごいな、とN君がつぶやいた。焼き鳥っていうか、なんだろうな。こんなの食べるの初めてだ、すごい店知ってるんだね、と続けた。この店の焼き鳥に感動してるのはおれだけではなかったのだ。おれは心の中でK氏にウィンクした。
焼き鳥は一通りおまかせが済んだ。七串ほどだったか。それぞれの串が充実していて、食べた量より満足感はよほど高かった。
もう少しお焼きしますか、とマスターに問われてここで止めてもらう。
締めにそぼろご飯か親子丼となりますが、とのことで、こんなに食べてまだごはんがあったのか、と内心驚くが、二人声を合わせて、親子丼!
出された親子丼はスプーンひとすくいで食べられるほどの量でまたびっくり。プチトマトが乗ってるのかなと思って食べたら、どうやら煮染められた卵黄だった。
店を出る。異界から渋谷の雑踏に吐き出された。
もう一軒行くか。
そうだ、学生の頃よく行ったちとせ会館に行ってみようよ。いいねえ。
ちとせ会館には安い飲み屋が集まっていた記憶がある。センター街に乗り込む。
ここか。かつては養老の滝だったかも。今は一休とチバちゃんになっていた。会館の前には大学生らしき集団がたむろしていた。かつてのおれたちだ。
この店では話題が一変した。
最近プラモ作ってる?
ぜーんぜん。ははは。N君は?
彼がいうには数年前に彼のプラモライフは急変したそうだ。そのきっかけは3Dプリンターの普及である。7万円ほどの3Dプリンターを手に入れた彼はその実力に瞠目した。
詳しくことを書いてもプラモファンではない方には退屈させるだけだろうから書かないが、だったらおれも3Dプリンターを買っちゃおっかな、と思わされるような話であった。
それからお互いの投資の大失敗の話などして笑う。おれからは武道や書道の話など。へー、そんなことやってるんだと彼は微笑んだ。思い出話より現在進行形の話ばかりとなった。
ラストオーダーになります!という若い店員に促されて店を出た。
エレベーターの中でおれはもしかしたらと思って聞いてみた。
今度T川さんたちと音楽するのに立川まで来てみない?
ああ、音楽なら小学生の頃4年間エレクトーン教室に通ったよ。それがイヤでエレクトーンをおぼえるより仮病になることを覚えた。ははは。
9月に立川に用事があって来るというのでその日の再会を誓った。井の頭線に乗ったのは10時半くらいだったと思う。












