弘法大師空海には、空白の七年、といわれる時期がある。


大学を中退してから遣唐使になるまでの期間だ。その七年間、空海が何をしていたのかを伝える資料がないという。おそらく世間の目の届かないところで修行していたのだろう。


おれにはその日、空白の3時間があった。


上海空港でドーハ行きの飛行機を待つ事7時間。そのうち3時間は何をして暇つぶしをしていたのか。退屈しすぎて意識を失ったか。ずっと同じベンチに座り続けていたのは確かだが、その間なにを考えていたのだろう。よく思い出せない。


中国東方航空がドバイの大雨を受けて上海発ドバイ行きの便をキャンセルにしたので急遽、カタール航空でドーハ経由シャルジャ行きに変更した。シャルジャはドバイに近い。シャルジャからはバスでドバイに向かうことにした。


上海についてからドーハへ向かうまでの13時間。暇を潰し続けること約10時間。ドーハ行きの出発時間の3時間半前にそろそろチェックインカウンターへ行ってみることにした。チェックインは出発の2時間前に済ます必要があるので3時間前にチェックインすればよいが、少し早めに並んでおくか。長逗留したベンチから腰を上げた。


チェックインカウンターに行ってみたら、なんと長蛇の列ができている!ぬかった。あんたら気が早いな!


4時間を超えるフライトは通路側の席と決めている。トイレに一度は立つし、酒の追加注文もしやすい。長いフライトでは窓から見る景色は夜空か雲の上の青空だけだ。未確認飛行物体でも飛んで来ないかな、とぼんやりする他ない。


しかし急なカタール航空への変更だったので早めに取らないと通路側確保は厳しいと踏んでた。でもこの行列では中間席しかないだろうな。ドーハまでは10時間かかる。諦念するしかなさそうだ。


並ぶこと1時間。通路側を、と頼んだがカウンターの男性職員は諦めてください、と言った。席は11F。


ところが飛行機に乗ってみるとこの座席は先の細い方で普通は4席横並びのところ、たまたま3席しかなくFは通路側であった。拾う神ありだ。


カタール航空はそのサービスの評判がいい。天然ガスでガバガバ儲けている国だから、金をかけてるなあ、という感じがある。その辺はドバイのエミレーツ航空に似ている。


当然酒は飲み放題だ。欠航決めた中国東方に感謝したいくらいだ。


食事はパスタを選んだ。せっかくそのカタール航空ならなんとなく洋食を食べてみる気になった。これはうまかった。


料理と併せて、てぐすね引いて待っていたお飲み物は?が来た。ここで多くの人が使わない手がある。ビールを。そしてウイスキーをアイスで。立て続けに2つ頼む。ウイスキーをアイスでですね、と確認された時に、はい、ダブルで、とさらに盛る。これで人心地つけた。


問題なく飛んでいれば今ごろドバイのホテルでビリヤニつまみにウイスキーを飲んでいたはずだ。


モニターで映画を見ながら酒を飲む。ウイスキーのダブルを追加注文する。寝不足と疲れとひとときの安堵感で急に眠くなったようだ。珍しく飛行機の中で熟睡した。


目が覚めたらドーハまであと2時間半くらいのところまで飛んでいた。テーブルには1/3飲み残したウイスキーのコップが置いてある。よく寝てる間に膝でテーブル蹴ってこぼさなかったもんだ。残りをぐいっと飲み干してもう一眠りした。


ドーハ到着前に乗り継ぎ便の案内が表示された。その筆頭が羽田行きというのが笑える。帰っちゃおうか、ははは。



タラップか。ビートルズかっての。



ドーハ空港でやっとWIFIがつながった。儲かっている国の空港は違う。ドバイ空港並みに店も多くて国の勢いを感じる。人も多い。ここでの乗り継ぎ時間は2時間弱。WIFI使ってやる事はたくさんある。



まず、昨日チェックインできなかったドバイのホテルに今日はチェックインするから予約は取り消さないでおくようにメールを出す。


それからドバイで会う人にミーティングは明日に延期したい旨を連絡しようとしたら、すでに彼からのメッセージが届いていた。サウジのダンマンからドバイへ来るはずだったのだが、欠航になって行けない、という内容だ。


黙ってミーティングに間に合わなくなることがとても気持ち的に負担になっていたので、会えないことはとても残念だったが、待たせてなかったということがわかって逆に安堵した。またくればいいのだ。今度は直行便にするだろうけどね。


ドバイの状況を調べる。思っていたより酷い。観測史上最大の降雨。2年分の雨が1日で降った。ドバイは空港閉鎖であって、欠航にしたのは中国東方ではなくてドバイ空港なようだ。上海で別れたドイツ人はあくまでドバイ空港へ向かった。おそらく彼の選んだ香港発ドバイ行きは欠航になったに違いない。上海に続いて香港で足止め食ってるはずの同士の彼の身を案じた。


感傷に浸っている場合ではない。


調べるほどにドバイの悪状況がわかって来た。むしろ今回は早く諦めて上海から引き上げた方がよかったかもしれない。今からでもおそくないならドーハで待機した方が利口なようだ。


ドバイに近づくほど状況が悪くなる。


シャルジャでホテルをとって様子を見たほうがいいかもしれない。空港閉鎖が続くなら、一度ドバイに入ったらしばらく出られなくなるかもしれない。


それなのになぜか酷い状況のドバイへ行きたがってる自分がいる。せっかくここまで来たのだから、というより、行くのが当然だと思うのはなぜだろう。


さらにシャルジャ空港からドバイ市内への行き方を調べる。99番のバスで終点まで乗り、そこからドバイ行きのバスに乗り換える。なんとかなるか。さらに詳しいことはシャルジャ空港で調べることにする。ドーハからシャルジャまでは75分のフライト。カウンターで窓側の席に変えてもらった。上空からドバイの状況を確認したかった。


飛行機に乗り込むとおれの窓側の席にはおじさんが座っていた。よくあるパターンである。自由席だと思っているのか、言われなければ知らぬふりして居座るつもりか分からないが、好きな席に座ってしまうおじさんはこっちでは多い。搭乗券を見せてどいてもらう。おじさんの席は隣とかではなくて全然後ろの方のようだった。



シャルジャへ向かう。


ドーハの町。この町で悲劇を演じた人たちがいたし、今喜劇を演じているかもしれない自分もいる。