今日はボケが進行した。短時間に3つもボケた。1日に3ついいことをするのは大変だけど、3つボケるくらいは容易なようだ。


午前11時から50分間は水泳教室。

 

その後、休憩をはさんで正午から20分ほど一人居残ってクロールの復習をする。

 

急いで着替えて教室を出たら12時半を回っていた。

 

自転車で駅前のとんかつ屋に向かう。

駅の周りには自転車置き場はたくさんあって、どこも初めの2時間は無料だ。当然、とんかつ屋に一番近い自転車置き場に乗り付ける。毎週火曜日に来るが、3分の1くらいの確率で満車であり、今日がそうだった。すぐに違う置き場に転戦する。待つくらいならさっさと少し離れた自転車置き場に行く。

 

自転車の前輪にロックがかかる方式の駐輪場だ。2つ目の駐輪場も混んでいて入口と精算機から離れたところに停めることになった。駐輪器番号を記憶する。これはあとで精算するときに必要だ。そして自転車に100円ショップで買った4桁ダイヤル式のわっかのカギをかける。

 

水泳で復習したのには意味があって、11時50分の練習のすぐ後に着替えてとんかつ屋に向かうと、店は昼の忙しい盛りだ。待つとしても数分のことだけれどなんとなくせわしくて落ち着かない。このピーク時間は結構短くてどんどん客が減っていく。普段より30分も遅らせたら店はすいているだろう。

 

案の定、店はすきかけていた。食券を買って全部空いている3席並びのカウンターの一番右に座る。この一番左の窓側の席で食べていたら、自転車で通りかかった家内に見つかったことがあったので店内側の右にしたわけだ。

 

13時には戻ると職場には言ってあったのだが、食べ終わった時点ですでに13時40分であった。いつもより長く泳ぎ、のんびり食べてしまった。

 

すっかり胃に血が集まってしまったのだろう。店を出てプラプラと何も考えずに歩いていたおれの脚は店から一番近い駐輪場、つまり自分が停めたのとは別の駐輪場へ向かっていた。広い駐輪場を前にしてどの辺に停めたっけ、と思案するが思い出せない。あれー、と少し焦り出してから、ああそうだった、おれが停めたのこっちの駐輪場ではなかった、と心の中で頭をかく。1つ目のボケである。

 

ぐるりと遠回りして本来の駐輪場へ。精算機は入り口近くにあって自転車はかなり奥の方に停めた。精算機では駐輪器番号を入力し精算ボタンを押すと2時間以内なら0円表示が出て解錠される。普段はすんなり駐輪器番号は思い出せるのだが、今日はなぜか思い出せない。確か2桁だったような。60だっけ。いや、違ったような。ああ、面倒くさいが自転車を停めたところまで歩いて番号を確かめるしかない。34だった。桂三枝、と覚えたはずだったことも思い出した。なにしてまんねん!と三枝師匠につっこまれた気がした。2つ目のボケである。

 

そして3つ目のボケなのだが、確かに会社に戻る途中で今日は3つもボケたなあ、と思っていたのだが、今こうして記事にしようとしたら忘れてしまった。なんだったっけな最後のボケ。3つ目のボケを思出せない今の状態が3つ目のボケになった。

 

と、しばらくして思い出した。

 

駐輪場に停めた自転車の4桁わっか式のカギを外す。いつもこの4桁のうち一番右の桁を一つ回すだけで施錠・解除している。もう慣れてしまって見ないでも解錠できる。見ないで解錠するようになってもうずいぶん経つ。で、今日もいつもの調子でダイヤルに手をかけたが、手元がくるって普段回さない桁も回してしまった。改めて4桁を見るとぐちゃぐちゃになっている。4桁の数字が何番だったのか全く思い出せない。一桁目からして思い出せない。ノールック解錠に慣れすぎて番号を忘れた。

 

この調子で行くと無料の2時間を超過し、時間が経つほどに超過料金が増えていく。自宅に番号の控えがあったかどうか自信がない。それより職場に歩いて戻ってワイヤーカッターを持ってきて切るか。たった100円で買えるカギだ。しかしこんな白昼、自転車泥棒と疑われる方を恐れる。

 

小パニックである。ワイヤーカッターを持っていなくても、いつまでも同じ自転車のカギをガチャガチャやっていたらやはり泥棒と間違われるかもしれない。どうしたらいいのか。

 

おれはいったん自転車から離れた。34番の駐輪器に自転車を入れなおしていったんそこから離れる。ケヤキ並木の美しい駅前通りのベンチに腰を掛けると大きく深呼吸をして瞑想に入った。何番だったか。記憶を掘り下げるのに集中する。自力で掘るというよりむしろ自然と記憶の雫が額に滴り落ちてくるのを待つ。

 

が、特別な修行をしたわけでもないおれにはその集中が続かない。それどころか、4桁の数字の組み合わせは何通りあるのか計算しだした。余計なことを考えるな。しかし思考は暴走する。いや、計算など不要だ。0000から9999までの10000通りだ。つまりおれは今、勘なら1万分の一の確率でしか取り出せない数字を思い出そうとしている。なんだかとてつもないことをしようとしているように思えてきた。無理だろ。

 

しかし神は存在する。おれの頭が雷に打たれたように轟いた。それは水琴窟の雫のような密やかな音ではなかった。

 

おい、おれ、確か野球選手の背番号で覚えなかったか?

 

おお!

 

そういえば二人の選手の背番号を並べて覚えたのだった。だがその場ではその具体的な4桁が思い出せなかった。あるいはガチャガチャやってしまったあの鍵の数列を見ればまだ正解の4桁の残骸でも残っていないだろうか。34番に駆けつける。

 

十の位にその残滓が残っていた。2である。

 

3125。これだ。

 



4桁をそうそろえると、さっきまで頑固一徹びくともしなかったカギが自分の方からするりと抜けた。

 

これが本来の3番目のボケだった。

 

さて、3125であるが、誰の背番号であるか。左の31は掛布(阪神)であり、右の25は松原(大洋→巨人)である。掛布はともかく松原はなかなか渋い人事だとは思わないだろうか。多分お読みいただいた方の10分の1も知っている人はいないかと思う。地味だったが名選手である。そしておれには非常に記憶に残る選手である。

 

小学生の時、初めてプロ野球を見に当時の川崎球場に連れて行ってもらった。その時、大洋の四番を任されていた松原は一塁側内野客席に大飛球を打ち上げた。いったん夜空に吸い込まれて見えなくなった白球は再び姿を現すと、それはぐんぐん大きくなっておれの頭上に真っ逆さまに降ってきた。隣で見ていた叔父がおれの手をぐいと引いた直後、そのファールボールがおれの席に直撃したのだった。

 

老人はボケると昔のことはよーく覚えているのに、ついさっきあったことはすぐ忘れるという。まったくもってそれを身をもって実感してしまった今日のおれであった。

 

ああ松原よ、背番号25よ、永遠なれ。

 

2095安打も打ちながらタイトルも表彰もゼロ。プロ野球のミステリー | web Sportiva