山梨の塩山に恵林寺という寺がある。


何がきっかけだったか思い出せないが、ここには毎年初詣に来る。


近くはないが、行かなかったらよからぬことが起きるのではないか、という気もするし、数時間のドライブを楽しみたいという気もする。


家族はとっくの昔に同行しなくなった。ライフスタイルの変化ってやつか。


いつもは昼はお寺のそばのしっかり食わせる天丼屋に行くのだが、今日は休みのようだし、最近できたその支店もあいてるかどうかよくわからぬ。


で、久しぶりにその筋の人の間では有名なあの店に行ってみるか。寺を通り越えて甲府まで行くことになるが、今日はそこまで行ってみる気になった。お詣りする前に腹を満たす。



頼む料理は決めてあった。


あんかけ焼きそばである。


それを待つ間にご主人が温かい紅茶を出してくれた。


どうだ。この写真ではサイズがわかりづらいか。



サイドアングル。



途中で見たこれに似てる。



タオルは配膳してくれたご主人が敷いてくれた。

思ってたよりずっとデカかった。

すげー、とか、やべー、とかのレベルではない。

目の当たりにした時、恐怖におそわれた。


他の客の視線が背中越しに刺さる。しかしこのレベルになると恥ずかしさとかは超越してる。開き直り。


相撲の強い奴がいるけど一番とってみる?と聞かれて、どんなもんかな、と立ち会ってみたら、相手は2メートルを越す巨人だった、といった感じ。よくわかんないか。


オペラ歌手のカルーソーに顔を50センチくらいに近づけられて、ハイテノールでcon brio(活気をもって)で大声で歌われる、といった感じ。もっとわからないか。


とにかく常軌を逸した量である。圧倒的である。4人前くらいはあるか。


食べられるかなあ、という生優しいものじゃない。負けは決まった。それでも取ると決めた相撲は取るのだ。


割り箸を割って取り掛かる。


太平洋戦争開戦前夜の帝国海軍良識派首脳部の苦悩が分かる。アメリカ相手に戦争すれば勝ち目はない。しかし国はそれを決定した。それの口火を切るのは海軍だ。


あんかけ焼きそば。熱々である。麺は外注品を山と積んだだけだろうと思っていたが厨房で揚げたものに違いない。かなりの太麺である。しっかりあんをまとった野菜と肉に加えてワンタンが無数に散りばめられている。


こんなにたくさん食えるはずない、と顔を上げるとふと席の横に掲げられた無数の色紙のうちの一つに目が止まった。マックス鈴木氏ではないか。


残してもしかたないが、そうすることがくやしいほど味がいいのだ。うまい。それにこれだけの質と量で税込900円でというのは、すいませんがご主人、間違えてると思います。


海軍良識派の筆頭であった山本五十六次官は留学経験もある知米派であり、先頭に立って対米戦争に反対し続けた。それがこともあろうか、開戦時には現場の最高責任者たる連合艦隊司令長官であった。


その山本がとった作戦が真珠湾奇襲である。彼はアメリカと戦えば必ず負ける、であれば奇襲をしてアメリカを追い込み、日本が有利なうちに早いところ講和に持ち込むという作戦であった。そうはならなかったのは歴史が証明してしまっているが。


おれも奇襲を仕掛けるごとく、焼きそばに襲いかかった。熱くてうまくて、しかしいくら食べても全然減らん。多少パニックに陥った。


この店に初めて来た時、家内が頼んだ中華丼がこんな感じだったのを思い出した。自分が何を食べたか忘れたが、家内の中華丼は凄まじかった。あれのご飯が揚げ焼きそばに変わっただけだ。20年前の記憶が蘇った。


20年生きていくらか賢くなった。全部食べなくてもよい。賢くなったというのはウソだ。ずるくなっただけだ。山本は戦争の後遺症をいかに少なくするかを考えで奇襲作戦を選んだ。おれも後遺症を少なくする為に野菜を選んで食べることにした。


肉とワンタンは避けれても大量の麺は箸に絡んでくる。もはややぶれかぶれで肉もワンタンも選ばずどんどん食べていく。


終わりは突然訪れる。満腹中枢が限界に達した。というか限界超えてる。


おれ、もうだめ。ギブアップ。



それでも2/3くらいは食べたか。


お支払いをしながらご主人に、すいませんせっかく作っていただいたのに残してしまって、と声をかける。ニコっと笑ったご主人。これなら残しても気が楽である。それどころかおまけの黒玉というお菓子をくれた。


お詣り。

信玄を含む武田家の菩提寺である。







なんと、締められていた。


メシなど食べてからくるからお詣りを拒否されたのか、遠方から来たのに申し訳ないということなのか。


手を合わせて退出した。



ついでにお寺の周りを散歩する。


柿が有名なところなのに収穫しないでほったらかしの柿の木が目立つ。



幾筋もの小川が縦横に流れている。水の豊かな土地に悪い所はない。





帰りに八王子のリサイクルショップでズボンを二本買う。帰宅して家内に見せたら、そんな色にしたの!と驚かれた。おれに色は関係ない。おれ自身が無色だからね、とうそぶいておく。腹囲も脚の長さもぴったりだった。おれもそっくりな体型の人がいるんだと思って即買った。550円だった。