本当に150円でこんな旅ができるのだろうか、という不安と、タンクトップと間違えて真っ白い下着シャツを着てきてしまったことが人にばれるのではないかという不安を抱えたまま旅は続く。

 

始発の高崎から両毛線に揺られること2時間弱。

 

北関東の炎熱地帯を弱冷房車で走り抜けた。

 

昼食時だし、お腹もすいてきたが、何を食べるかは決めてあるのでまだ食事はとらない。

 

お腹が空いた以上にのどが渇いた。

 

出発ホームを見に行くと、発車までまだ30分以上あるのにすでに列車は入線していた。

 

構内のコンビニへ入り、飲み物を手に入れた。

 

 

こんなに暑い昼には甘いヤツより苦いこれの方がいい。すいていたのでクロスシートに身を沈める。

 

 

 

 

おれがこれを選んだのは勝負しているうまさではなく、他商品より1%だけアルコール度数が高かったからだ。

 

電車旅ではこれが飲める。ドライブやサイクリングでは許されない楽しみだ。

発車前に飲み干してしまった。

 

小山からは水戸線で東へ友部まで乗る。地図を見るまで友部の位置は知らなかったが、この日の旅で自宅から1番遠いところになる。

 

弱冷房車でもないのにエアコンの効きがイマイチだ。

 

数年前に、高感度だったか知名度だったかの県別ランキングがあって茨城県が最下位だったニュースを聞いて憤慨したことがある。

 

茨城は何度か旅行で来たが、長い海岸線があって魚はうまいし、米をはじめ農産物も豊かだ。高い山はない分筑波山が映え、霞ヶ浦という巨大な湖沼を抱えた住みやすい平野が広がる。ドライブしながらこれぞ関東地方の原風景、と思ったのも茨城だった。

 

この県が豊かである証拠に、強い力士を輩出していることがある。古くは稲妻から近いところでは稀勢の里まで、多くの横綱大関がいた。その顔ぶれは関東随一だろう。地味豊かでなくては出来ないことだ。

 

車窓の風景。

 

 

友部で下車。

もう少しで水戸といったところにある。

 

この駅からは南に向かって下ることになる。常磐線を乗り継ぎながら品川まで行く。常磐線に乗るのも初めてだと思う。

 

 

また指が写ってる。

 

 

 

 

土浦で乗り換え。

 

 

 

 

品川まで行く列車に乗り、我孫子で降りる。子育てしやすい町と聞いている。もう少し早く知ればよかったか。

 

 

ふと、今回の旅、383キロの運賃をまともに払ったらいくらしたのか気になり、車内で調べる。

6,600円である。もし最終駅の分倍河原駅で大回り乗車が認められなかったら支払う覚悟である。それくらいの現金は持ち合わせている。自動改札機が、ブー!とならなければよいが。

 

さて、我孫子で降りたのには理由がある。食事だ。

 

この駅には立ちそばファンや鉄道ファンには有名な立ち食い蕎麦屋がある。弥生軒という。大回り乗車のルールを犯すことなくホームにある店、しかも我孫子駅だけで3軒あるというから繁盛しているのだろう。しかしさすがに午後4時前ということもあり、すいていた。

 

バカデカい鶏の唐揚げが乗ったそばが人気だ。

 

おれは迷うことなくそのデカい唐揚げが2つ乗ったそばを頼んだ。630円。

 

自動券売機で買った券をカウンター内のおばさんに渡す。その刹那、おばさんがおれのTシャツ、いや本当は下着シャツ、に目が留まって固まったような気配がした。気のせいだろう。

 

唐揚げそばは1分とかからずに用意された。デカい。噂にたがわず唐揚げがデカい。丼はやや小ぶりだが唐揚げがはみ出している。来日して泊まったホテルのベッドが小さすぎたという巨人レスラー、アンドレ・ザ・ジャイアントの逸話を思い出した。

 

 

デカい唐揚げは箸でどう挟むか悩む。

汁に負けないように衣が固いくらいで、おれ好み。

味もしっかりついていて、中身はスカスカじゃなく、しっかり肉が入っている。

 

一つを食べ終えたところ。かなり汁を吸わせておいた二つ目の唐揚げ。でもカリっと感、抜けてない。

 

 

うまいものだ。わざわざこれを食べに来る人もいるというのも頷ける。おれだって高崎経由で食べに来たようなものだ。電車に乗り続けるだけというこの日のハイライトといえた。腹ペコだったのでペロリと平らげた。

 

なお、この店、裸の大将の山下清画伯が働いていた店としても有名だそうだ。

 

この店のために我孫子では20分くらいの滞在時間を確保しておいた。食後、トイレに行ったらちょうど乗る予定の列車がやってきた。

 

 

気がつくと綾瀬の駅を通り越して東京に入っていた。

 

こうして近郊都市を回ってくると、東京が相当特殊な町だということに気がつく。狭い割に何もかもが詰め込まれている。人も物も財産も地方を吸収するブラックホールのような町だ。電車から見ているだけでそれが分かる。

 

品川まで行かなくても日暮里、上野、東京あたりからはショートカットで帰宅できるが、ある理由からおれは武蔵小杉まで行かなくてはならない。

 

品川駅。

久しぶりに来たけど変わったなー。人が多い。

 

 

駅名看板を取り損ねたので電車の中から向いのホームの名札みたいな看板でお茶を濁す。

 

 

横須賀線で武蔵小杉。

横須賀線の駅から南武線の駅まで465メートルの表示。新宿などのターミナル駅でもないのにこの遠さはなんだ。一つの駅にするには無理がある。歩け歩け。最後の1本、南武線ホームへ急ぐ。

 

 

無理やり武蔵小杉まで来たのには意味がある。

 

 

ここまでの自宅を出てから通過した県を並べるとこうなる。

 

東京都→埼玉県→群馬県→栃木県→茨城県→千葉県→東京都

 

武蔵小杉を経由することによってこれに神奈川県が加わり、1都6県すべてに足を踏み入れたことになる。それがどうしたと言われれば答えようがないが。

 

とうとうというか、やっとというか最終目的駅の分倍河原に到着。隣の西府駅から普通に来れば3分の所、11時間50分かけてたどり着いた。

 

 

おれの旅は終わった。電車を見送る。

 

 

こいつ一枚で一日遊べた。

そして最後の儀式である。この切符を自動改札に入れる。何の問題もないだろうか。ネット記事によると自動改札にはねられることがあるらしい。その際は自分が乗ってきた経路と大回り乗車のルールを書いたものを駅員に見せて説得せよ、ということだった。乗りテツでもないおれにそんな説明できるだろうか。旅の途中時々頭をかすめた心配事にとうとう直面するときが来た。

 

 

人の列の途中で迷惑を駆けてはいけないので、一通り人が出て行って無人となった自動改札機にいざ切符を投入する。

 

 

自動改札の扉がごく当たり前にパッと開き、あっけなく本当に旅が終わった。自動改札は自分の仕事を当たり前にしただけだった。

 

この日の行程。青い丸から時計回りにほぼ一周。

 

 

あとは50分ほど自宅まで歩いた。思えば電車で座れなかったのは南武線の武蔵小杉から登戸までだけで、座りすぎて体がLの字になったようで、歩くのが楽しかった。

 

ところでこれ、やはり下着シャツに見えますでしょうか。

 

 

小さな旅の思い出に。