こういう言葉に出会いました。
話しておかなければならないが、
老子は一度として神のことなど語っていない。
一度もだ。
ただの一回も、
彼は「神」という言葉を使っていない。
なぜならば、
ひとたび「神」と言う言葉を使ったら最後、
その同じドアからたちまち「悪魔」が入り込むからだ。
ドアをあけてごらん。
彼らは一緒に入ってくる。
考えるということは、いつも反対同士のもののなかにある。
TAO 永遠の大河1 OSHO老子を語る
OSHO著 スワミ・プレム・プラブッダ訳 河出書房新社
何かひとつの概念を考え出すと、
かならずそれに対抗するものが出現する。
神という概念の
カウンター勢力を作り出さずにはいられない。
悪魔だ。
神と悪魔は
ふたつでワンセットなのだ。
全知全能の神。
全てを作り出した神。
この世界の全てを自由自在に操る神。
その神すらも制御できない相手。
そもそも、
全てを作り出した創造主が神なら、
その神すら、制御できないという存在は
既に論理的に破綻している。
だから、
神という
ロジックは
最初から破綻しているのだ。
神はいない。
そこにあるのは
TAO(道)
だと、老子は言う。
白と黒はふたつじゃない。
あるいは
仏陀は
そこには“空”しかない
と言う。
東洋人の僕は
こっちの方が腑に落ちる。
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