前回の続きです。
〜「はじまりの神様と知能を持った猿達」〜
昔々あるところに、はじまりの神様という神様がいました。
はじまりの神様は全ての物事の、はじまりを決めている神様でした。
ある日のことです。
はじまりの神様はいつものように天界から地上を見ていると、人間達が騒いでいるのに気づきました。
人間達は数の少ない成功者と呼ばれる者について言い争っているようでした。
どうやら成功者になれなかった者たちが成功者になりたいと、学者も、僧侶も、赤ん坊を抱いた母親も、その他の人々も、ああだ、こうだと、罵り合い、大騒ぎをしているようでした。
その様子を見ていたはじまりの神様は、人間達をふびんに思ったのか、天界から人間達のもとへ降りてゆきました。
はじまりの神様は言いました。
「これ、お前たち。何をそんなにもめておるのか?」
学者はガクガクと足を震わせると言いました。
「信じませんぞ!信じませんぞ!・・・神様ですって!・・・私は学者ですぞ。ノーベル賞を取る予定の学者ですぞ。・・・ノーベル賞の論文に神様のお告げを書けとでもいうのですか!・・・ああ、私はどうすればいいのでしょうか?・・・ああ、お助け下さい、神様・・・」
和尚様も目を白黒すると言いました。
「いやまた、驚いた!・・・わしゃ、お迎えが来たのかと思うたわい。・・・じゃが、よう考えてみたら、わしゃ仏教徒じゃしの。仏様でのうて神様がお迎えとは、ちとおかしいしの・・・どうやら、まだ生きておるみたいじゃの・・」
赤ん坊を抱いた母親も、神様の後光に手を振る赤ちゃんをあやしながら言いました。
「ほら、ほら、すごーい!・・・ハリウッド映画みたい!」
はじまりの神様は何事も無かったかのごとく、もう一度言いました。
「これ、お前たち。何をそんなにもめておるのか?」
人々はどうしていいか分からずキョロキョロと辺りを見回すと、和尚様を見ました。
和尚様はビクッと背筋が伸びましたが、突然腰を押さえ、前かがみになり。
「あいたたた、あいたたた・・・こんな時に、持病の腰痛が、あいたたた・・・頼まれてもいいかの・・・」
と言うと、学者の方を見ました。
学者は見る見る顔が青ざめると「なんで私が!」と小声で言いました。
人々は学者から一歩下がると、オホン、オホン、オホンと咳払いを始めました。
すると学者は観念したのか、口を開きました。
「ええ、なんと言ったらいいのか・・・ええ、そうですな・・・この者達が言うには。セレブになれないと申しておりまして・・・いや、いや、でもご心配なく。この者達はがんらい怠け者でして、神様のお手を煩わすほどのことでは御座いませんので。私が後できつく言い聞かせておきますので、ご心配なく・・・今日のところはこの辺でということで・・・」
すると、赤ん坊を抱いた母親がムッとした顔をすると言いました。
「なに勝手なことばかり言っているのよ!あなたが、似顔絵付き紙切れ100万枚のコートを100着集めるとセレブになれるから、なれって言ったのでしょ・・・そしたら神様、酷いんです。この学者が、コートはこの地方で100着しか無い、セレブになれるのは1人だけだって言うんです。私達は、この学者にまんまと騙されたのです・・・神様どうかか弱き私達を、この学者からお助け下さい。お願いします。」
学者はさらに顔を青ざめさすと言いました。
「なにを言っているのですか、あなたは!・・・あなた方が勝手に全員セレブになれると勘違いしたんじゃないですか!・・・常識で考えなさいよ、そんなことがあるわけないじゃないですか!・・・申し訳有りません、神様。この者達は強欲に目がくらんでおりまして。冷静な判断力がなくなってしまっているものでして。後は私がどうにかいたしますので・・・今日のところはこの辺でということで・・・」
人々は言いました。
「ふざけんな!なにが強欲に目がくらんでるだ!・・・お前が欲を開放しろと言ったんだろうが!」
「そうだ、そうだ!お前がセレブになれって、そそのかしたんじゃないか!」
「神様、こいつはインチキ野郎です!」
すると、さすがに和尚様が見るに見かねたのか口を開きました。
「こりゃ、やめんか!神様の御前じゃぞ。言い方というものがあろうに・・・もう、いい加減にせい、天罰が下っても知らんぞ。」
人々が静まると、はじまりの神様は言いました。
「お前たちは、似顔絵付き紙切れ100万枚のコート100着を手に入れセレブになりたいと申すのだな・・・ならばそうすればよかろう。こんな簡単なことをなぜしない?」
学者は驚いた顔をすると言いました。
「え、簡単なことと申しますと・・・神様なら簡単に出来ると?もしかしてここにいる全員がですか・・・」
はじまりの神様は言いました。
「そうだ、簡単なことではないか・・・どうした、100万枚のコート100着が欲しいのではないのか?」
学者は慌てて言います。
「いやいや、もちろん欲しいですとも。神様が与えて下さると言うのでしたら。今すぐにでも・・・あははは、さすが神様ですな。こんな簡単に解決するとは。あははは・・・」
はじまりの神様は言いました。
「では今から、似顔絵付き紙切れ100万枚で手に入るコート、100着を手に入れる方法を申し付ける・・・まず学者よ、お前が似顔絵付き紙切れ100万枚のコートを1着作り、隣の赤ん坊を抱いた母親がそれを似顔絵付き紙切れ100万枚で貰い受ける。赤ん坊を抱いた母親も同じコート1着を新たに作り隣の僧侶に100万枚で譲る。そうやって、どんどん作っては与え、作っては与えを、繰り返し一巡すれば、また学者がコートを新たに1着作り一巡させる。これを100回繰り返せば、全員に似顔絵付き紙切れ100万枚のコート100着が行き渡るというわけだ。ただし、奪ってはいけない。奪ってしまえば流れが止まり100着手に入らなくなる・・・分かったかの?作ること、与えること、奪わないこと、この三つのことをすればいいということだ。」
赤ん坊を抱いた母親は言いました。
「えっ!本当に。これで似顔絵付き紙切れ100万枚のコート100着が手に入るの?」
人々も言いました。
「えっ!俺達、セレブになれるのか?」
すると学者が、玉のような汗をかきながら血相を変えて言いました。
「いや、いや、いや、それがそのう・・・言いにくいことではあるのですが、その・・・1人の者が似顔絵付き紙切れ100万枚のコートを1着作るにはかなりの時間がかかりまして・・・ええと、その、私の計算によりますと・・・1人者が100着つくるとなると、一生コートだけを永遠と作らなくてはいけなくなってしまいますので・・・さすがにこれは・・・神様のお言葉ではあるのですが・・・」
はじまりの神様は言いました。
「ならば、一生をかけて作るがよい。作ること、与えること、奪わないこと、この3つのことを一生をかけてするがよい。」
すると、赤ん坊を抱いた母親が甲高い声で言いました。
「嫌よ、そんなの!なんで一生コート作りなんかしなくちゃいけないのよ!まっぴらごめんよ!」
人々も言いました。
「俺達の人生が一生コート作りだなんて、さすがにセレブになってもな・・・俺達は、飲んで、食って、遊びたいだけだしな。」
すると、はじまりの神様は言いました。
「どうゆうことだ、学者よ。お前が人々には似顔絵付き紙切れ100万枚のコート100着が必要だと言ったのではないのか。お前が作って欲しいと言ったのではないのか。どうして人々は作ろうとしないのだ。」
学者は額から流れる玉のような汗を、ハンカチで何度も拭きながら答えました。
「いや、それが、そのう・・・神様なら、あ、あのう・・・ちゃちゃっと、簡単に作ってくれるのかと思ったものでして・・・あは・あは・あは・あははは・・・」
はじまりの神様はけげんそうな表情をすると言いました。
「いったい、お前達は何がやりたいのだ?・・・なぜ、こんなに言い争っているのだ?・・・学者よ、今度はちゃんと答えてみよ!」
学者は青ざめると、あわあわと答え始めました。
「実はそのう・・・この者達の言っていることを要約しますと・・・ええと、そのう・・・なんなのでしょうか?・・・あっ、そうだ!・・・幸せになりたい・・・と申しますか、きっとそうなのでしょう・・・ええ、そうでしょう。誰でも、誰しも、幸せになりたいものです。この答えなら間違いないでしょう・・・まさか、間違ったからといって天罰なんてことは、ないですよね・・・」
はじまりの神様は学者の心配事など気にもとめず言いました。
「お前達は幸せになりたいのか?」
赤ん坊を抱いた母親も、和尚様も、人々も、学者も、皆一様にコクリと頷きました。
はじまりの神様は言いました。
「まさか知能を持ったお前達が、幸せになる方法が分からなくなるとは思わなかった・・・なんとも嘆かわしいことよの。仕方があるまい、お前達が幸せになる方法を今から伝えよう・・・ただ、その前に・・・私は、はじまりの神である・・・お前達に尋ねる・・・お前達の、始まりは何であるか答えてみよ!」
すると学者が気を取り直したのか、ここぞとばかりに前へ出ると言いました。
「神様、ここは学者である私の出番のようですな・・・私達の始まりとは・・・その昔、はるか太古の昔、私達の祖先は火を起こしました。このようなことは、他の動物達には出来ません・・・すなわち、私達の始まりとは・・・知能です!・・・」
はじまりの神様は言いました。
「違う・・・知能では無い!」
学者は唖然としましたが、何も言わず黙ってしましました。
すると次は和尚様が、前へ出てくると言いました。
「やれ、やれ。学者さんらしい言い分だの・・・人と動物を分ける始まりとは・・・説法のことですかな・・・人は言葉をしゃべり、説法を説けば道徳を持ち秩序ある社会を築けます。秩序がなければ、社会は荒れ泥棒、人殺、とても人の世と呼べる社会は築けません・・・すなわち、私達の始まりとは・・・道徳ですかな!・・・」
はじまりの神様は言いました。
「違う・・・道徳ではない!」
和尚様は何か言いたそうでしたが、何も言わず黙ってしまいました。
すると赤ん坊を抱いた母親が、得意そうに微笑むと前へ出てきて言いました。
「皆さん、何にも知らないのね・・・私は知っています・・・この子です。私はこの子を産んだ時、悟ったのです・・・この子は人々に愛されるために生まれて来たのだと・・・すなわち、私達の始まりとは・・・愛です!・・・」
はじまりの神様は言いました。
「違う・・・愛ではない!」
えっ、と母親は驚きましたが、黙ってしましました。
学者は言いました。
「神様・・・知能でも、道徳でも、愛でもない。いったい私達の始まりとは何なのでしょうか?」
はじまりの神様は言いました。
「まったく、自分達の始まりまで忘れてしまったとは・・・・いったいなんのためにお前達に知能を授けたのか分からぬではないか・・・」
学者は言いました。
「まったく面目ありません・・・して、私達の始まりとは何なのでしょうか?」
はじまりの神様は言いました。
「お前達の始まりか・・・お前達の始まりは<猿>だ・・・お前達は<猿>だ!」
学者は、えっと驚いた顔をすると言いました。
「いや、それはいくら何でも猿と一緒にされては・・・確かに人類の祖先をさかのぼれば猿ということに、学術的にはなりますが。猿には人間のような知能がありません。人間は科学技術を発展させ、空を飛び、空に浮かぶ月まで行きました。こんなことは、さすがに猿には出来ません。遠い先祖が猿だからだらといって、猿と一緒にされたのでは・・・さすがに、こればかりは、神様のお言葉とはいえ承服しかねますな。」
和尚様も首を傾げると言いました。
「いやはや猿だとは、こりゃ驚いた。猿にはとても説法が理解できるとは思いませんんがの・・・」
赤ん坊を抱いた母親も、納得がいかないとばかりに言いました。
「私の子供は、猿ではありません!」
はじまりの神様は言いました。
「学者よ、お前は猿では空を飛んだり、月には行けぬと申したな。では、お前はどうなのだ。お前は空を飛び、月にまで行けるのか?」
学者は言います。
「いや、いや、まさか。飛行機に乗ることぐらいは出来ますが。飛行機を飛ばしたり、月に行ったりすことはさすがに私には・・・私はただの学者ですので・・・」
はじまりの神様は言いました。
「ならば学者よ。お前は猿と何が違うのだ。猿も飛行機を飛ばしたり、月に行くことは出来ないが、飛行機に乗ることぐらいは出来るぞ。」
学者はうろたえると言いました。
「いや、いや、それはそうですが・・・人間全体なら出来るという意味でして・・・」
はじまりの神様はいいました。
「そういうことなのだよ学者よ。お前達は1人では何も出来ないくせに、さも自分がたいそうなことを成し遂げたみたいに語ってみせる。なぜだ?・・・お前達は1人で生きているみたいに錯覚をしているが、実は自分達全体を自分の一部として生きているのだ。猿も同じなのだ。猿も寒い冬は一まとまりになり暖を取り、外敵が現れると皆で威嚇して追い払う。お前達は猿と同じ生き方をしているのだ。お前達の文化や習慣は猿から引き継いだものなのだ。お前達が独自に作り出したものなのではないのだ・・・学者よ考えてもみろ。お前達がトカゲやカエルの子孫だったらどうなる?トカゲやカエルは子育てをしない。ということは、お前達がいくら知能があり、便利な道具を発明をしても。それは、子供には引き継がれないということになる。トカゲやカエルの子孫のお前達は、空を飛んだり、月に行ったり出来たのか?・・・もちろん出来なかっただろう。お前達は今もまだ、トカゲやカエルのまま野山をはいつくばっていただろう。お前達が空を飛び、月に行けたのは、他の者を自分と同一のように捉え、子を産み家族やその周りの者達と一緒に育て、文化や習慣、文明を引き継いできたからだ・・・そして、その大本の価値を生み出したのが<猿>であり・・・お前達のはじまりは<猿>なのだ。」
学者はうなだれると「はい。」と言いました。
はじまりの神様は言いました。
「僧侶よ。お前は猿には説法は理解出来ぬと申したな。たしかに猿にはお前達の言葉は通じないだろう。だからといって、何の秩序もなく猿達が暮らしているとでも思うのか。言葉など通じなくても猿達は。他の者の何かが、その他の者から奪われれば、ボス猿が怒って秩序を守らさせ。外敵が来たなら、皆に知らせ助けてやる・・・説法が理解できぬから自分達より劣っているというのは、自分達は他の者達より優れてると思いたいという欲からくるものだ・・・僧侶よお前は説法を説きながらも欲に満ちた生き方をしようとしているのだ・・・僧侶よ、お前達も猿も同じなのだ。言葉など通じなくても、互いを思い、相手の嫌がることをしてはいけないと、秩序を守ろうとする心に変わりはないのだ・・・お前達の道徳のはじまりもまた<猿>なのだ。」
和尚様は「面目ございません。」というと背を丸めました。
はじめりの神様は言いました。
「子を持つ母よ。お前は、お前達のはじまりは愛だと言ったな。そして、お前の子は猿ではないとも言ったな・・・お前の子供が猿ではなく、お前達の始まりが愛だとするのなら、猿には子に対する愛がないとでも言いたいのか・・・お前にだって分かっているはずだ。猿の子に対する愛は、お前の子に対する愛と何も変わりがないということを・・・それでも、お前がお前の子は猿ではないというのは、それはただの差別なのだ。お前はお前の子が可愛いだけなのだ。他の者の子などどうでもいいだけなのだ。お前の愛はただの差別なのだ・・・愛とは救済のことだ。母が子を愛するのは、子が無力で助けがないと生きて行けないからだ。お前の子も、猿の子も、誰か他の者の子も、誰かの助けがないと生きてはいけないのだ。お前は、お前の子だけ助けて、他の子は助けないというのなら、それは愛ではなく差別だ。自分のお気に入りのおもちゃを大事にしているだけの子供の行いにすぎない・・・愛とは救済のことだ。困っている者、苦しむ者、助けを求めている者、そういった者の心を救いたいと願うことが愛なのだ・・・なぜ、お前が子を愛そうとするか分かるか母親よ・・・それはお前達が、他の者を自分と同一のように捉えているからなのだ・・・子が熱を出しウンウンとうなされている時、心配で、心配で仕方なく、必死になって看病し、熱が下がるとほっと安堵する・・・その時そこにいるのは本当に子なのか?熱にうなされ苦しみ不安になっているのは子だけではない。お前もまた同じく苦しみ不安になっている。目の前にあるのは自分自身の苦しみであり、その苦しみから自分は逃れたいと思っている。だからお前は子を救おうと思い必死になって看病する。そして熱が下がり子が苦しみから開放されると、お前もまた苦しみから開放される・・・愛とは他者への救済であるように見えて、本当は自分自身への救済なのだ・・・人を愛するということは、自分自身を愛することなのだ・・・他者を救うことが、自分を救うことになる・・・それが他者と自分を同一視する、お前達の<愛>なのだ・・・そして、この<愛>もまた、お前達が<猿>から引き継いだものなのだ・・・お前達の愛の始まりもまた<猿>なのだ。」
赤ん坊を抱いた母親は「はい。」と小さく答えると子を抱きしめました。
はじまりの神様は言いました。
「お前達の始まりは<猿>だ・・・人間などというのは、お前達が勝手に名付けた呼び名にすぎない。お前達は、猿だ・・・お前達は、幸せになりたいと申したな・・・ならば、猿の幸せを真似するとよい。それが、お前達の幸せだ。なぜならば、お前達が猿だからだ。」
人々はざわざわとざわつき、お互いの顔を見合わせては首を傾げました。
はじまりの神様は言いました。
「まだ自分達の幸せが分からぬのか?・・・猿を見てみい、猿は子を持ち家族を作り、さらに大きな集団を作り、皆で子育てをし、寒い冬の日は肩を寄せ合い暖を取り、隣の猿にシラミがいれば取ってやり、そのお返しに隣の猿のシラミを取ってやる・・・分かったか。これがお前達の幸せだ。」
学者は言いました。
「科学文明はどうなりますか、科学技術の発達は私達の幸せではないのですか?」
はじまりの神様は言いました。
「科学技術が生み出しているものは、道具ではないか。道具は使うものであって、幸せそのものではない。病気になって優れたの医療技術で治療して治ったとしても、お前達は医療技術に感謝するのか?・・・違うはずだ。感謝するのは、その医療技術を道具として使って治してくれた医者に感謝するはずだ。道具は道具であり、使ったり作ったりしているのは人間なのだ。お前達は道具を使ったり作ったりしている者の、お前の病気を治してやりたいという<思い>に感謝をするはずだ。猿も同じだ。シラミを取ってもらったから、その<思い>に感謝してシラミを取ってやるのだ・・・作ることは、他者に対する<思い>から生まれて来るものなのだ。」
和尚様は言いました。
「説法はどうなりますかの?人の世に道徳は必要ではないのですか?」
はじまりの神様は言いました。
「猿達は集団で皆で子育てを手伝ってやっている。道徳は何のためにあるのだ?相手を傷つけないため、相手を苦しめないため、相手を貶めないため。すべて、他者に対する<慈しみ>から生まれてくるものなのだ。皆で子育てを手伝っているのは、他者に対する慈しみからくるものだ。道徳は他者に対する慈しみを喪失した者達に必要なものなのだ。猿達も時には慈しみを忘れ他者を傷つけ、苦しめ、貶める時もあるのだろう。その時はボス猿や周りの猿達にこっぴどく叱られるだろう。お前達も猿も同じなのだ。他者に対する<慈しみ>を失ったものには道徳を介して、他者に対する<慈しみ>を育ててやることだ。」
赤ん坊を抱いた母親が言いました。
「私はこの子を愛しています。猿の母親もきっと同じように愛しているでしょう・・・でも私自身への愛はどうなるのでしょう。愛を欲することはいけないことなのでしょうか?」
はじまりの神様は言いました。
「子を持つ母よ。愛とは求めるようなものではないのだ・・・猿達は寒い冬の日は、肩を寄せ合い暖を取り合っておる。なぜだか分かるか?・・・寒さの中、震えているのは自分だけではない。相手もそうだ。自分が辛く苦しい時は、相手も辛く苦しいものだ。だから猿達は肩を寄せ合うのだ・・・愛とは救済のことだ。相手が辛く苦しい時は、自分も辛く苦しい。相手の辛さや苦しみを知っているからこそ、他者をかばい救おうとする。なぜなら、そこで苦しんでいるのが、自分自身だからだ。他者を救うことは、自分を救うこと。他者への愛は、自分への愛なのだ・・・愛は求めるものではない、愛は与えるものであり、与えられるものなのだ。」
はじまりの神様は間をおくと話を続けました。
「お前達の幸せは猿と同じなのだ。子を持ち、家族を持ち、互いを助け合うこと。ただ、それだけなのだ・・・私はかつてお前達に、三つのことを授けた・・・<与えること><奪わないこと><作ること>・・・知能を持った猿であるお前達にこの3つのことを授けたのは、互いを助け合い生きてゆくためには、この三つのことが必要だったからだ・・・なのにお前達は、いつの間にか<作ること>ばかりに夢中になり、<与えること><奪わないこと>をないがしろにしてきた。そのうちお前達は、何も与えずに、奪うことばかりをするようになった。殺し合いをし、略奪ばかりをするようになり、それは世界の果まで続いた。そしてそれは、大きな戦争が無くなった今でも続けられ。どうやって相手から奪うか、どれだけ多く奪えるか、そんなことしか考えるこが出来なくなってしまったのだ・・・お前達は進むべき道を見失ったのだ。三つのもののうち<与えること><奪わないこと>をないがしろにしたことにより、お前達の心の中には<作ること>とや、<作ること>によって生み出された<物>へ対する執着心しかなくなった。お前達は今や一つのものに対する執着を、幸福として捉えることしか出来なくなってしまったのだ・・・お前達は、自分の進むべき道を見失っているのだ。それがお前達が幸福を見失った理由なのだ・・・お前達がまだ幸せになりたいと願うのならば、三つのことを求めるがいい・・・<与えること><奪わないこと><作ること>・・・この三つのことを求め。そして、この三つのことを伝えてゆくのだ・・・子を持ち、家族を持ち、子育てをし、伝えるのだ・・・お前達の幸せが何であるかを、子孫に伝えるのだ・・・もう二度と忘れぬように、伝えるのだ・・・子や、孫や、子孫が、自分達の幸福を見失い、迷い苦しまないよう、伝えるのだ・・・そして、そうやってお前達は進んで行くのだ・・・三つのものの終着点へ・・・私は、はじまりの神である・・・始まりがあれば、必ず終わりがある・・・私は、お前達の始まりを決めたのだ。お前達は、必ず終わりへ向かって進まなければならない・・・お前達は、お前達の終わりへ向かって進むのだ・・・」
すると、学者が我慢できずに言いました。
「私達の・・・私達の、終わりとはどこですか?」
はじまりの神様は言いました。
「そこは、お前達の欲しいものが全てそろっている、至上の楽園である・・・お前達は進むのだ至上の楽園へ・・・そして、そこがお前達の終わりの地なのだ。」
学者は言います。
「そこへ・・・そこへ着くと、私達はどうなるのですか?」
はじまりの神様は言いました。
「それは、そこへ行った者だけが知ることのできることだ・・・私は、はじまりの神である・・・私は物事の、始まりを決めているだけにすぎない。始まった後のことについては、全てお前達の問題である・・・お前達は、いずれ答えを出すことになるだろう・・・お前達が終わりの地に着いた時、お前達は一つの答えを出さなければいけないだろう・・・その時まで、お前達は三つのものと一緒に歩がいいだろう・・・<与えること><奪わないこと><作ること>・・・・三つのものが、お前達を導くであろう・・・そして終わりの地に、お前達が着いた時。私はまた、お前達の前に現れるだろう・・・私は聞きに来るだろう。お前達の最後の答えを・・・・猿よ、猿、知能を持った猿達よ・・・歩がよい、進がよい、三つのものと一緒に、最後の時まで。」
<パタン>
と、学者は本を閉じると、小さな男の子に本を返しました。
小さな男の子は「面白かった。」と言うと、踵を返し人混みの中へ消えてゆきました。
おわり。