芳香のフォークロア その2『ヒプノティック・プワゾン』 | 空閨残夢録

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  『オズの魔法使い』(The Wonderful Wizard of Oz)は、米国の作家で、ライマン・フランク・ボームの作品、1900年に発表されたものが、後に、舞台化されミュージカルとして、また映画化もされている。



 主題歌の「オーバー・ザ・レインボー」はあまりにも有名である。「オズの魔法使い」は児童書なので、絵本のように挿絵があり、W・W・デンスローの挿絵がボクはお気に入りである。



 主人公のドロシーは、カンザスの大草原に、ヘンリーおじさんと、エムおばさんと、愛犬トトと幸せに暮らしていた。ところが或る日、愛犬のトトと一緒に家ごと竜巻に巻き込まれて、やがてオズの国へと辿り着く。



 そこで、脳みその無い案山子男と出逢う。更に、心臓の無いブリキの樵(きこり)と、臆病なライオンと出逢い、それぞれの願いを叶えてもらうために、魔法使いのオズに会いに行くため、エメラルドの都へ黄色いレンガ道を辿っていく、お話しなんですが、作者のライマンは、或る日、自分の子供(男の子)を寝かせつける為に、この物語を創って聞かせていたのだが、ベッドの中のライマンの息子は、その冒険物語に質問をしてきた・・・・・・。



 「それは、どこの国のお話なの?・・・」



 その時、ライマンは部屋の隅にある整理棚に目がいった。その引き出しの一番上には、《AーG》の、整理用ラベルが貼られていた。二段目には、《HーN》、そして三段目には、《OーZ》とあり、咄嗟にライマンは息子に、「《OZ》オズの国のお話さ・・・」と答えた。つまり、その引き出しの中から物語は生まれ。



 ドロシーはヘンリーおじさんとエムおばさんとカンザスの大草原の真ん中で暮らしていたが、或る日、竜巻にさらわれて愛犬のトトとお家ごとオズの国へ行ってしまった。竜巻で運ばれたお家はドスンとオズの国へ墜ちると、不運か幸運か東の悪い魔女が家の下敷きになって死んじゃった。ドロシーは死んだ魔女の銀の靴と、北の老いた良い魔女の魔法のキスを受けてエメラルドの都を目指す。




 それはオズ大魔王とエメラルドの都で逢ってカンザスへ帰る方法を授かる旅であった。道のりは長いが黄色い煉瓦道をどこまでも辿れば行き着く旅であったが、途中で脳みその無い案山子、ハートを失ったブリキの樵、勇気を求めるライオンたちと出逢い、それぞれの夢を叶えてもらうためにエメラルドの都を目指すのでした。


 されどやっとこ辿り着いたエメラルドの都で出逢ったオズ大王は、西の悪い魔女を殺すことを条件にドロシーたち一行の願いを叶える約束としました。西の魔女を探しに案山子とブリキの樵とライオンたちにドロシーと愛犬トト一行は更なる旅にでます。不運か幸運か西の魔女をドロシーは殺すともなく殺してしまい結果的に西の魔女は死んじゃったのです。そして西の魔女の金の帽子を手に入れましたとさ。


 されどところがどっこい、オズ大魔王の正体は魔法使いじゃなかったのです。苦労した旅から旅の冒険も無駄になるかと思いきや、南の良い魔女グリンダがドロシーたち一行の願いを叶えてくれることがわかって、またまた旅に出るのでした。「オズの魔法使い」のあらすじはコンナところですが、黄色い煉瓦道をはずれて、エメラルドの都を目指す途中で、ドロシーたち一行は罌粟の花咲く草原に迷いこみます。この花は Opium poppy のようで紅い芳香のある花々でありました。



 オズの国では罌粟の花の香りが眠りへ誘う匂いを発するらしく、ドロシーとトトは草原の真ん中で深く眠ってしまいました。眠りが深いと命も危険で、ライオンは草原を走り抜けて罌粟の花々の草原を越えましたが、疲れ果てて眠りに落ちてしまいます。案山子とブリキの樵は生身じゃないから誘眠作用のある匂いは効かずドロシーとトトを草原から運んで助けます。





 オズの国はいざ知らず、この世界ではヒプノティック(hypnotic)という英語で誘眠剤こと睡眠薬は、ギリシヤ語のヒュプノス(hypnos)が語源でありまして、ヒュプノスは眠りの意味で、擬人化された神話のヒュプノス(Hypnos)こと眠りの神に通じます。


 ヒュプノスの父はニュクスこと夜の神で、兄弟にはタナトスもいたりします。ヒュプノスの眠る深山の奥深き洞穴には象牙の寝台の周りに一面の罌粟の花々に、無数無限の夢(オネイロス)が宙空を漂っておりまして、気だるく屯したオネイロスの肢体が美しく馨しく死の深淵へと誘っていると伝わります。それがつまり夢のしじまということでしょうかしら・・・・・・



 さて、クリスチャン・ディオールの香水に「ヒュプノティック・プワゾン」という紅い香水壜の商品がかつてありましたが、今は廃盤のようですネ。これに変わり透明な香水で「ピュア・プワゾン」ってのがあるようです。プワゾンのシリーズはいくつかあるようですが、緑色の「タンドール・プワゾン」もあります。お香にも罌粟の花の香りがあるようですが、これらはすべてモルヒネのような作用はありません。心穏やかにはしてくれるでしょうが、眠りを誘う作用は秘めていないと思われます。



 また罌粟の実も誘眠作用はありません。罌粟の未熟果である朔果を傷つけることで獲られる乳液の成分が阿片(アヘン)です。この阿片乳液を精製したものがモルヒネで、これを更に科学的に変成させた物質をヘロインと呼びます。麻薬でありますから Opium poppy の品種は庭に植えられませんが、東京小平市にある東京都健康安全研究センターの薬用植物園において観賞できます。