偏愛映画音楽秘宝館 その6『ブラザーサン・シスタームーン』フランツ・リスト | 空閨残夢録

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デカダンよりデラシネの戯言




 スワンはレ・ローム大公夫人がたいそう好きだった。それに彼女を見ると、コンブレーに近いあのゲルマントの土地、あんなに気に入りながら、オデットから離れないために、いまではもう出向かなくなったあの土地を、くまなく思いうかべるのであった。



 (中略)・・・・・・「おや!」とスワンは、うわべの話相手のサン=トゥーヴェルト夫人と真実の話相手のレ・ローム夫人とに、同時に通じるような言いかたをした、「美しい大公夫人がおいでになっている! ごらん、リストの『アッシジの聖フランチェスコ』をきくために、大いそぎでゲルマントからいらっしゃったので、かわいい山雀のように、野ばらの小さな実とさんざしの小さな実をついばんでやっとそれをおつむにかざる時間しかなかったのですよ、まだ露の小さなしずく、かすかに白い霜さえも、つけていらっしゃる、さぞつめたくて、ゲルマントの館の奥さまはふるえていらっしゃいますよ。とてもおきれいですね、私の大公夫人は。」

 


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 上記の文は、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』から、第二部「スワンの恋」(井上究一郎 訳)の一節を載せた。リストの『アッシジの聖フランチェスコ』をピアノで耳にしている場面なのだが、この曲は、リストの1861~63年作曲の《2つの伝説曲》の第1曲。



 リストが題材にしたのは、12世紀の聖人フランチェスコが、小鳥に教えをほどこす場景を音画風につづった楽曲。小鳥のさえずりや森のさざめきを表す高音域のトレモロおよびトリルと、聖人の語りを表す格調にあふれた旋律が織りなす美しく神秘的な音楽である。








 アッシジの聖フランチェスコはロベルト・ロッセリーニやリリアーナ・カヴァーニ監督により映画化されているが、なかでも1972年の伊・英合作映画でフランコ・ゼフィレッリ監督による『ブラザー・サン シスター・ムーン』は感動的な作品であった。その後も1989年に、リリアーナ・カヴァーニ監督によりイタリアで映画化されている。主演はミッキー・ロークが聖フランチェスコを演じていた。



 ゼフィレッリ監督は、ルキノ・ビスコンティの助監督として映画界に入り。古典劇をベースにした清爽な青春映画に特に定評がある。1968年の『ロミオとジュリエット』では、シェイクスピアの映画化としては最高のヒットを記録させた。1972年の『ブラザー・サン シスター・ムーン』は、中世の修道士である聖フランチェスコの物語を題材に、信仰に目覚めた若い日々に焦点を絞ることで青春映画の快作に仕立て上げている。



 アッシジの地主ピエトロの息子として、また豪商の息子として、なに不自由なく成長したフランチェスコは十字軍に招集され遠征する。しかし、戦場から精神を病んで故郷に帰還する。アッシジの美しい自然の中で次第にフランチェスコは生まれ変わっていく。それは小鳥と語り、蝶を追い、花々に癒されながら・・・・・・



 街の人々はフランチェスコが気がふれていると思い遠くから傍観するが、美しい乙女のクララだけは心が通じた。父も母も健康をとりもどしたフランチェスコを、或る日、礼拝に連れて行く。教会の十字架に王冠を戴いたキリスト像、磔刑という悲惨にもかかわらず壮麗に飾られたキリスト像を観て、フランチェスコは「NO!」と教会で絶叫する。



 着ているもの身に付けている全てを両親に返し、教会と街から生まれたままの姿で立ち去るフランチェスコは、今は廃墟となったサン・ダミアン教会の石をただひたすら積み上げていく。やがて十字軍の遠征から帰還するフランチェスコの友人たちは、そんな姿を冷ややかに傍観していた。ただベルナルドだけはフランチェスコの言葉に心を打たれサン・ダミアン教会の再建を手伝う。





 「君も心に神殿を築け、生きた石になるのだ」





 1182年にイタリアのアッシジに生誕したフランチェスコは、28歳の時に、ローマ教皇に謁見を認められて、11人の有志とともにフランチェスコ修道会を設立する。映画ではローマ教皇のインノケンティウス3世に英国の名優アレックス・ギネスが扮するラスト場面は圧倒的な存在感で物語を昂揚させている。(了)




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