カクテル閑話放題 その4『ビター』 | 空閨残夢録

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 薬草や香草を原料にしたリキュールのなかでも、日本人の飲酒文化にイタリアのカンパリはかなり浸透したお酒だと思われる。このハーブ系リキュールを細分化するとビター系のお酒なのだが、“ビター/bitter”とは、英語で苦いの意で、イタリア語では“アマロ/amer” という。



 カンパリの味をシンプルに味わうとしたら「カンパリ・ソーダ」が一番だと思われる。苦味を柔らかくして飲むとしたら、オレンジ・ジュースで割ったり、「スプモーニ」なんかがよいだろう。苦味にこだわる人には「ネグロニ」をお薦めする。



 ボクはカンパリをベースにした「アメリカーノ」が昔から好きで食前によく飲んでいるカクテルのひとつ。カンパリを約30m、スィート・ヴェルモットを約30m、これを氷を入れたタンブラー・グラスにソーダ水を満たして、レモンのスライスでも入れてくれれば満足である。


 

  さて、このカンパリの赤い色は赤色系のリキュールのなかでも、一際美しい輝き放つ宝石の如しだったのだが、2007年10月から、それまでは天然色素を長らく使用されていたのが、合成色素に代替された。それは赤色2号、青色1号、黄色5号の合成着色料である。

 


 あの紅い輝きのカンパリの色彩は合成着色料では、絶対に表現できない美しい鮮紅色なのだ。それは酒瓶の裏にあるラベル表示には、「カルミン酸」という紅い天然色素が原料に使用されていることが、かつて載っていた。



 このカルミン酸とは何かというと、「コチニール」という赤色の天然着色料なのだが、コチニール色素は、アブラムシの体液で、正確には臙脂虫(えんじむし)と日本では呼ばれる虫で、中南米産のコチニール・カイガラムシ科が、紅い色の正体である。



 カンパリはイタリアのトリノで、バーテンダーをしていたガスパール・カンパリ氏が、1860年に開発した酒で、「ビッテル・アルーソ・ドランディア(オランダ風の苦味酒)」と、当初は名付けられて販売された。その後、息子のダヴィデ・カンパリが、「カンパリ」と名前を変えて現在の製造元のダヴィデ・カンパリ社を興す。






 日本の輸入元はサントリーだが、カンパリ社はチンザノ(ヴェルモット)、ウォッカのSKYYなどを傘下におさめる酒造業界の一大グループでもある。



 カンパリの製法は明らかにされていないが、原料にビターオレンジ、キャラウェイ、コリアンダー、リンドウの根などを主体に、約60種類にのぼるハーブとスパイスの材料が用いられているようだ。



 そして、このカンパリを美しく情熱的に赤く装う鮮紅色の輝きを演出してくれているのは、植物系の原料ではあらずして、動物である虫の原材料がかつては主体となっていた。



 アントラキノン・カルミン酸を主成分とするカイガラムシはサボテン科(ウチワサボテン属)のベニコイチジクなどに寄生するアブラムシみたいな雌から色素を抽出する。アステカやインカ帝国の時代からこの虫は養殖されて、装飾品や衣服の着色料とされてもいた。



 天然の赤い色素は他に、紅花、βカロチン、パプリカ色素などがあるけれど、合成のタール色素に比較すれば、人体の影響としてアレルギーや発ガン性の作用は少ないと思われる。



 女性は口紅を使うから石油系タール色素よりは、天然のコスメティツクに気を使うでしょうネ。食べなくても口から口紅の色素成分は体内へ入るリスクは大きいですからネ。



 いずれにしてもカンパリの紅きカルミン酸の輝きは失われて、合成のネオンのような赤いまたたきへと変質したカンパリは、悲しくも残念であるし、偉大な職人の誇りや、伝統の響きも喪失されたであろう。ボクはこれからはカンパリは飲まず、アメリカーノのベースはビター・ヴェルモットに代えるつもりだ。







 イタリアのハーブ系リキュールのカンパリに対して、フランスの「スーズ」が世界的に有名である。日本では「カンパリ」ほど知名度のないスーズであるが、スーズの薬草の主成分は竜胆(りんどう)である。本邦では紫色の花を咲かす竜胆は、主に生薬として根茎を漢方に胃腸薬として使用されているが、西欧でもこの仲間が同じように薬用として使われている。


 日本特産の植物でリンドウ科のトウリンドウ、または、そのほか同属植物の根および根茎が生薬となる。本来は関東以西の山野に自生していた。茎は直立か斜め上にのび、葉は対生して柄がなく、茎を抱きこむようにつく。全縁で縦に走る3本の脈が目立つ。



 源氏の家紋はリンドウの花と葉を巧みに図案化したものだ。薬になるのは根であり、秋に根を掘り取り、水洗いして日干しにしたのが生薬の竜胆である。



 日本漢方薬局方にも収載されているこの生薬は、ゲンチアナ根でも代用できる。中国産の「関竜胆」 (東北諸省産)のなかには、G.triflora PALLAS の地下部を混じている。また「雲南竜胆」、「貴州竜胆」 (雲南、貴州、四川省産) は、G.regescens Fr. の地下茎部を起源とする。



 かつては、日本産の「樺太竜胆」、または「蝦夷竜胆」と称する生薬が市販されていたらしいが、今日では市場性はないらしい。



 ゲンチアナとはリンドウ科のヨーロッパに分布または栽培される多年草で夏に黄色い花を咲かせる日本の竜胆と近縁種。







 根および根茎(若干、発酵させてから乾燥することが多い)は日本漢方薬局方に収録されている生薬ゲンチアナである。非常に苦く、苦味健胃作用がある。伝統的な漢方方剤では使わないが、西洋薬と生薬を組み合わせた処方の胃腸薬によく配合されているらしい。漢方方剤で使われる龍胆と類似した生薬であることは間違いない。



 フランスのハーブ系リキュールで、「スーズ」の主な成分にゲンチアナが原料として使われている。カンパリがイタリアのアペリティーヴォ(食前酒)なら、スーズはフランスのアペリティフ(食前酒)の代名詞である。フランスではゲンチアナをジェンシアンと発音する。



 アペリティフとは消化促進をうながす薬効のあるリキュールのことで、主に苦味を感じるお酒であり、スーズは黄色いゲンチアナの花を思わせる色彩の酒で、黄色いカンパリと表現する人も多々いる。


 スーズは1889年にフランスのフェルナン・ムローが友人のアンリー・ボルトと共同で開発したビター・アペリティフで、主原料はゲンチアナ(Gentiane)であり野生りんどうの一種である。



 フランスの中央部オーヴェルニュ地方の火山台地を主に、ジュラやノルマンディ地方の高地に自生し、成長には、20年もの月日を要するもので、収穫は初秋の時期だけとのこと・・・・・・、何となく朝鮮人参に似ている植物でもある。



 この貴重なゲンチアナの根をパリ郊外のクレティーユにある蒸留所に集荷して、細かく砕いて数ヶ月間にわたり、中性スピリッツに浸漬します。この液の一部を蒸留し、残りは抽出を続け、そしてこの2種類のアルコール液をブレンドして、これらにバニラ、オレンジのほかに3種類の香草を入れて熟成させて、砂糖と水を加えて製品化する。



 その風味はゲンチアナから生まれる独特の苦みの中にも爽やかさが感じられ、適度な甘さでユニークな味わいをもたらす。



 スーズという名前は開発者ムローの妹であるスザンヌ(Susanne)の愛称からきていて、1965年にペルノ社の傘下となり、今でも世界中で販売されている。



 米国の映画『プラーベート・ベンジャミン』の戦闘場面に、戦場となったフランスのある街で、廃墟に近い市中に教会や商店の焼け跡から、「SUZE」の広告看板が映画終盤の戦場シーンに何度となく崩壊しながら登場しているのが印象的である。 されどスーズは現在も世界的に流通している黄色い不滅の苦味酒なのである。



 スーズはピカソが愛飲したことでも有名な薬用酒で、黄色いカンパリの異名も日本ではあるが、カクテルにするならばトニックウォーター割り(Suze&Tonic)がお薦めであろう。(了)