【国道1号線徒歩の旅】Part484:下鈎 | きまぐれの国道1号徒歩の旅

国道1号上りは、坊袋地区を抜けると、同地区と同じく

丁目区分のない下鈎(しもまがり)地区に入りました。

 

 

同地区は、JR草津駅に乗り入れる

東海道本線(琵琶湖線)と草津線が分岐し始めるところで、

そのうち草津線が中央を東西に貫いているエリアですが、

国道1号はその南端のわずか200m程度をかすめています。

 

 

 

下り側、冠婚葬祭を扱う「セレマ」の駐車場の前にて

470.9km地点を通過します。

 

 

 

 

この地区は工場が多く、中でも目立つのが、

上り側に大きく広がる「日清食品」をはじめとした

「日清食品ホールディングス」各社の敷地です。

 

 

左手にあるグループ傘下の「日清化成」は、

日清食品が販売している商品の容器などを製造しています。

 

 

 

470.8km地点を通過します。

 

 

よく見ると、下にも旧型の距離標が見えますね。

 

 

 

日清化成に続いて見えてきたのは、「日清食品」の滋賀工場です。

 

 

現在の自社工場4社(関東・静岡・滋賀・下関)のうちのひとつであり、

1973(昭和48)年より稼働開始しています。

 

パナソニック東レなどのように、このような大企業が国道沿いに

大規模な工場を構えるのも、国道1号がもつ特色のひとつのようです。

 

 

 

日清食品は、1948(昭和23)年に大阪府泉大津市で

「中交総社」として創業し、1958年に「日清食品」へ商号変更。

 

1977年に現在の大阪市淀川区へ本社を移転後、1988年には

東京都新宿区の東京支社を東京本社に改称して、本社2社体制へ。

 

 

さらに、創業60周年、商号変更50周年となる2008年には、社名を

「日清食品ホールディングス」に変更し、事業別に会社を細分化。

 

現在即席麺事業を行っているのは、2代目の「日清食品」のようです。

 

 

 

日本でインスタントラーメンを普及させるきっかけとなった

「チキンラーメン」や、「U.F.O.」「どん兵衛」などといった

現在でも主力となる看板食品は、あまりにも有名です。

 

 

中でも最も有名なのは、もはや日清の代名詞とも言える

こちらの「カップヌードル」です。

 

こんな看板、初めて見ました(笑)

日清でしか見られない、レアな光景ですね。

 

 

 

他にも工場の敷地内には、自社の専用バスが停まっていたりと

目を見張るステキなものがちらほらと見られました。

 

 

この滋賀工場では、他にも創業者の安藤百福氏(2007年他界)に

まつわる「安藤記念館」や、日清食品労働組合などあるようです。

 

 

 

下鈎地区の最後に見えてきたのは、

日清食品滋賀工場の正門です。

 

 

この日は日曜日ということもあってか

工場内にはほとんど人が見られない状態でしたが、

来客のためなのか、門は開けられておりました。

 

 

 

さて、日清食品の敷地を抜けると下鈎地区が終了。

 

 

ここから先は、上り・下りともに次の

上鈎地区へと移っていきます。

 

 

 

つづく