大学受験生のためのGのブログ【心編】

大学受験生のためのGのブログ【心編】

月木更新。大学受験生向け辛口トーク。高校受験や資格試験にも効くかも。
この情報を与えたクラスは、受験で大成功しました。

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とある高校で大学を目指す生徒たちに外部講座的なものとして国語を教えることになった。

今回は、備忘録を兼ねてその話を記そうと思う。

今回の内容は、国語の得点力をあげる要素は何か、というものにした。

・読解力
・思考力
・判断力
・記憶力
・漢字力
・集中力
・知識
etc.

いろいろな答が出た。


ところで、この授業は、以下のようなやりとりで始まっている。

「皆は大学を目指してこの講座を取ったわけだが、おそらく、英数国の三科のなかで、国語にもっとも期待してないんじゃないだろうか?」
(うんうん)
「英語や数学は解き方や知識を学べるけれど、国語はよくわからない」
(うんうん)
「誰もが、どうしてこの選択肢がダメなのかわからない、という経験をしたことがあるんじゃないか」
(うんうん)
「すっきりしたことをなかなか教えてもらえない」
(うんうん)

こういうやりとりの後に、国語で得点するための能力を尋ねてみたわけだ。

生徒からの抽象的な回答は、国語の漠然性を裏付ける結果になった。(もちろん、ハズレというわけではない)


Gからの答えは、以下である。
・国語のルールを知っていること(国語に関する知識)
・語彙が豊富なこと
・多くの経験・知識があること

残念ながら、国語のルールは自分で気づくには複雑怪奇すぎる。これは教わるべきものだ。そして、それは得点力は飛躍的に高めてくれるが、読解力等の実力をあげてくれるものではない。

それに対し、下の2つは、まさに国語の実力を支えるものである。


そのことを理解したうえで、どのように国語得点力を伸ばすのかについて話した。
それについては今回は割愛する。


そんなことよりも、気になったことがひとつあった。
1年生の食いつきの良さにくらべ、2年生が受身的に感じられたことだ。
何というか、教わることに慣れてしまっている気がした。

さらに、やさしい振りをしたGの前では、授業態度がみるみる緩くなっていく。
これは力で押さえつけられている者の特徴だと思われた。

さて、1年間、やってみようか。こちらは真剣勝負のつもりであるよ。
ここにある記事は、以前、私の生徒のために書きなぐったものに加筆・修正を施したものです。
20回程度、2ヶ月~3ヶ月の集中講義で、受験のための正しいマインドセット(心構え)を持つために書かれています。
学習におけるマインドセットの効果は非常に大きなものです。現代教育に多大な影響を与え続けているアメリカの哲学者・教育学者のジョン・デューイは、教育とは環境の作用を通して価値観を形成するものだと正しく見抜いていました。その価値観によって、人の意欲の方向性や学習態度、そして習慣が決まるわけです。習慣や継続の方法論をうたった本は多くあり、優れたものも多く見られますが、このブログでは、習慣や継続を支える「哲学」に重きが置かれています。なぜなら、今ある価値観に盲従したうえで、「どのように」継続するのかを問うよりも、「なぜ」それを継続すべきなのかについてもみんなに考えてほしかったからです。その考えの背後には、私の「学問の自由」への信仰があります。学問はそれ自体魅力的だと思うのです。勉強が苦痛であるのは、学問自体が悪いのではなく、われわれの「勉強を取り巻く環境」が悪いからだと思います。しかし、そう主張したところで苦しんでいる諸君の現状が変わるわけではありません。ですから、われわれには次なる戦略を考える必要があります。それは、そうした苦痛をひとまず認めたうえで、それを再解釈し再定義するという面倒くさい作業です。私はこれこそ(狭義の意味でですが)「教育」だと思っているのです。
というわけで、こうした駄文を読むという無駄が実は効率的だと信じられる諸兄に読んで頂きたい。


〔目次〕
成功する受験生に共通する要素 まずは成功する受験生の特徴を知ろう 
学力アップ最大の秘訣 マインドセットについて知ろう
逆転の勉強方法 プランの重要性について知ろう
行動が思想を決定する コーチング理論による行動するための方法を知ろう
最高の教育者 第1回~第4回の実践を助ける秘技を知ろう
集中力は意識のエコノミーである 意識が散ることへの対処法を知ろう
決断とは決めて断つこと 決断ということを知ろう
この時期の大学受験勉強計画例 他人の勉強計画を覗こう
受かるやつ、落ちるやつ 状況を客観的に見てみよう
暗記の方法 暗記についてもう一度考えてみよう
論理力の鍛え方 論理力を鍛える態度について知ろう
過去問の使い方(基本編) 早めに過去問の存在を意識しておこう
過去問の使い方(実践編) 過去問を利用しよう
この時期の受験英語の勉強方法 2学期に入ってからの英語について知ろう
この時期の受験数学の勉強法 2学期に入ってからの数学について知ろう
この時期の受験古文(そして、問題解決力という受験の果実) 運が悪いと思ってるなら読もう
逆転の現代文 とりあえずざっと目を通して、下の記事を読んでくれ
現代文の勉強の黄金ルール 現代文を勉強しはじめる時に読もう
受験現代文の根本的誤解(小説編) いまいち現代文という科目がわからない人へ
受験現代文の根本的誤解(評論編) 同上、評論編
そういえば俺は秋山幸二が好きだった ソフトバンクの秋山監督のことだ
学習効率を1.5倍~3倍にする方法 学習効率を高める頭の使い方を知ろう
長足の進歩をもたらす唯一のもの 勉強なんて無駄なものなんだということを知ろう
こんにちは、Gだ。

この集中講義もそろそろ終わる。つまり、最終回だ。

勉強というものは、正しいマインドセット(およびそれを維持するための情報)と、正しいやり方(および正しい教材)のセットで効果があがるものだ。

自分側の正しさ(心)

道具の正しさ(物)

まさに物心の両方が揃って、効果的な勉強方法が生まれる。


君らの今までを振り返れば、この両者、運にも影響されてきただろう。

良い教師に巡りあったり、良い家庭に生まれ落ちた者は、それだけで得をしている。

「心」も周囲の人によって正しく育つし、「物」も良い家庭にあれば良いものが揃いやすい。


つまり、そこには構造的な不平等がある。

その不平等を問題にする気持ちは多くの人の心の中にあるはずだ。

たとえばその気持ちが、そうした不平等を前世からの因果で説明したりしてきたわけだ。そうした説明をしないことには気持ちが悪くて仕方がないだろう。

これは今でも形を変えて存在していることだ。自分が恵まれた側にいる者は、その気持ち悪さを解消するために、「努力したから今の自分はある」などと言う。

その意図は、不平等ゆえに恵まれなかった者よりも良い地位にあったり、良い生活をしている疚しさを、解消したいことに尽きる。


だから、俺は望む。

君らが努力して立身することは素晴らしいことだ。

だが、だからと言って、うまくいかなかった人間に努力が足りなかったなどとは嘯かないでほしい。

うまく行くには、努力を裏で支えている要素があるのだからな。


近代という時代は、そうした生まれつきの差を、はじめて不正義として認識した時代だ。

だから弱者を支える《制度》がある。

だが、そうした《制度》も、運用する人間の方にマインドがなければ機能しない。

だから、そうしたことを可能とする世にするためにも、俺は皆に期待したい。

俺が教育というものを職としている理由の一端はここにある。


閑話休題。

さて、君らは、運良く、「心」と「物」を支えるだけの情報にありついた(ここのことだぞ、念のため)。

だがな、正しい情報があるだけでは、実はまだダメだ。

君らが、試験(お試し)を超えて、本番(大学以降の社会)でしっかりと生きて行くためには、どうしても知っていてほしいことがある。

それは、自分を真に成長させるものだ。


「子どもに要らない苦労をさせたくない」という言葉を聞いたことがある。

でも、本当に子どものことを想うなら、要らない苦労をさせなければならない、と俺は想う。

「要る苦労」ではダメだ。それは苦労ではなく「投資」に過ぎない。

だれかが通ったことのある道を通るための「苦労」ではダメなんだ。


今学んでいる事柄なんて、将来役に立たない。

科目の勉強なんて、本来的に、役に立つものではない。

教師が躍起になって否定しようとしたって、これは動かせない事実だ。

勉強をして教師をやっているやつより、勉強せずとも自分らしく生きている人間はたくさんいる。

勉強は役に立たない。


でもな、

だからいい。

だから、修行になる。


滝に打たれる修行で、誰も役に立つか立たないか、なんて考えないだろう?

それを超越したところに、勉強することの良さがあるんだ。


はっきり言って、今の時代の、この国の、ある制度が、君らに押し付けた、苦労を強いる環境だ。


でもな、

人間の脳の容量が増大したのは、氷河期のうち、氷期だったという。

氷期というのは、人類に取って過酷な環境だ。食料は減るし、環境は厳しい。

だが、こういう時に、人類は長足の進歩・進化をしたわけだ。


要らない苦労を喜ぼう。

それはお前を鍛えてくれる。


無駄なことをいっぱいやっていればこそ、将来他人に優しくなれるんだ。

他者への想像力が働くようになるんだ。


俺は、君らが、勉強を通して、人間的に成長することを、心から望んでいる。



これで、ひとまず、最終回も終わりだ。

質問等あれば、コメントしてくれ。

また会おう。