アウグスブルクは古い歴史をもち、中世の面影を残した南ドイツの街です。フッガー家が権勢を振るった時代には通商の中心として繁栄しました。高校の世界史では、アウグスブルクの宗教和議を扱うはずです。
この街が、ベルトルト・ブレヒトの故郷というのには少し驚きました。彼はプロイセン人だとばかり思いこんでいたので。レオポルト・モーツァルトの生地でもあります。
ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルトは、この地でアンドレアス・シュタインが製作するピアノに出会い、その娘ナネッテ・シュタインにピアノ演奏とルバートの奥義を教えました。
観光に力を入れているようで、観光事業社の日本語ホームページがあります。
レギオ・アウグスブク観光事業社
このような古都にふさわしく、アウグスブルクにも文書館があります。以下にリンクを示しておきます。
Stadtarchiv Augsburg
さて、ここで紹介する記事は、アウグスブルク文書館のケルスティン・レンガー副館長が、ケルン市立歴史文書館の崩壊に際してボランティアとしてケルンに行き、ユースホステルに泊まって、現場に立ち、史料の回収・補修作業にあたったというものです(下記記事参照)。印象的なのは、「私はなんとしても助けたいと思った」という、彼女の言葉です(出典は下記記事)。
Im Schutt auf Suche nach Schätzen(
『アウクスブルガー・アルゲマイネ』電子版、4月3日)
ただ、感心しております。若い人だけでなく、経験があり地位も高い専門家も、ボランティアとして作業に参加して現場に立って資料の保存に当たっているというのです。地下鉄工事をめぐる紛糾は、ドイツってどうなっているんだろうと考えさせられましたが、このような自発的な努力と、その努力を支える各方面の柔軟性には、やはり感心するようなものがあると思います。また、こうした事態に際して、職場がボランティアに理解を示しているというのも、すばらしいことではないでしょうか。
もとより、現場で作業する人々に待遇と報酬をという、私の意見は変わりません。しかし、それはそうとしても、このような自発的な精神の発露には感銘を受けます。