父が、ふとこう言った。
――最近よく言う、「共生」というのは、左翼の連中が使う言葉や。使い始めたのは共産党やなあ。 もともとは植物の学問で使っていた言葉なんやけど。
私としては、「共生」というのは「地球にやさしいエコ」、「人間と自然の共生」という意図から始まった言葉であって、植物の世界が由来なら、うまい転用じゃないか・・・と思った。サヨクがどう使ってたかは、関係ないなと感じた。しかし。
父の世代(昭和一桁)にとって、サヨクというのは、無責任な流行にのってハイジャックや殺人までも犯したバカどもである。
なおかつ、それを未だに英雄譚として語り、往年の反逆児きどりの人々のことである。
父が「共生」と聞くと、すぐにサヨクを思い出すそうで、嫌な感じがするのだそうだ。「共生」とは、あの世代には手垢のついた汚い言葉なのだ。
最近、私は小説を書いている。自分が何気なく使う言葉が、ある人々には嫌な感じを起させるものだったりする。
小説を書くときも、気を付けないとなあ……でも、むずかしい。 と いたく感心したのでありました。