| 行ってきました。平成16年10月17日実施・日本語教育能力検定試験。今年、6月あたりにこの試験のことを知り、雑誌を買ったり参考書を買ってみたり…で独学でボチボチ勉強し、受けてみました。 うわさには聞いていたけど、朝から夕方までの試験はホンッと疲れました。「今年はちょっと無理だろうな。来年でもいいかな」という弱気もあり、粘りギレしそうでした。去年の全問題も入手していなかったし、模試や対策講座も受けておけばよかったかなぁ。 ●午前中は試験Ⅰ・90分。 出題範囲はひろーくあさーく、簡単といえばカンタン。とはいえ前半、私としては文法の理解があやふやなところが多く、自分の不勉強がよくわかった。後半は教授法や日本語学習者の現状などで、あーなんだっけ・やったよねコレ!という基本的な知識を問われるものがほとんどだった。過去問をばっちりやっていた人は満点とれたかも。「あそこも見とくんだった」と思わせられる問題ばかりだった。とはいえ来年、ヤマかけしてあたるとは思えない。今年の記憶が来年まで持つとも思えない。結局、来年もたーくさん問題集やっておぼえるしかなさそう。 ●昼から試験Ⅱ・30分。 これが最大と思っていた調音法や調音点の違いを指摘する問題は、あっという間におわる。ペースが速くて、できたんだかどうなんだかさえおぼえていない。 今年は学習者向けの聴解問題を聞き、その問題のあり方(?)について答えるというものが出た。「少し時間が空く間に設問を読んでおけ」と指示がでるのだが、もちろんゆっくり読んでいるほどの時間はなくあせった。しかし聴かなくても設問を読めば答えられる問題もあったよな。問題の形式に慣れていればカンタンだったかもしれない。何を考えろと言われているのか実はよくわからないままやってしまった。 変な無意味語のアクセントの高低を聞き取る問題は好きだったのに…なんと出なかった。かわりに「わかやましのえきまえ」とか意味のある言葉でした。他の受験者も終了後「意味がないヤツの方がわかりやすかったのに」「わかやましってなんやねん、わかやましって~」などとブーイングがあちこちで聞こえた。マッタク。 ●試験Ⅲ・120分 気になる記述式は、今年はロールカード作成でした。示されたロールカードを見て問題点を三つ、記述する。次にそれをふまえて自分でいいものをつくる。ロールカードなんて見たことなかってんけど。この試験ってすでに教えている人が対象だったのか? 純粋に知識を問う4択に関しては試験Ⅰと同じような印象ではあったが範囲が広すぎ、浅い知識と言っても機械的に記憶するだけでは答えられない問題も多かった気がする。勉強不足だからそう思うのか? 試験対策としての勉強でカバーできる内容ではないと思う。要は「これくらいの基礎知識は、日本語教師として自己研鑽のため勉強している人ならあたりまえにおぼえてるでしょ。こんなの身についてなくて専門書読めないでしょ。」と言われているような気がした。正直言って、試験Ⅲを受験中にだんだん腹がたってきた。 文章を読んで答える問題は読解力が問われる。原文を書いた作者の主旨というより、それを引用した出題者の意図を汲んで、出題者が喜ぶような答えを選ばなくてはならない…高校の時によくやらされたよな、コレ。入学試験か入社試験のようだ。つまり日本語教育能力検定試験というのは、日本語教師としてふさわしい「人格」と「考え方」を持った人間かどうかを見る適性試験なんだ。 「ふーん、日本語教師の理想像ってそんなに確固として持ってはるわけね、誰が決めたんか知らんけど、ふんふん」と解答しながら鼻しらみ、雑念が入る。いかんいかん…。 げげげ、マークシート最後の問題は 「日本語教育能力検定試験」そのものが設問になっていた! 引用文は李徳奉「転換期を迎えた日本語教育に求められるもの」『日本語教育』2003年119号より。内容は「日本語教育能力検定試験の内容領域が幅広くなった」ことや「日本語教育学の底辺を広げ、日本語のための独創的な教育理論を展開できるようになることが望まれる」など。はい、そのとおりでございますね。日本語教育の現状を憂え、教師になる者すべてがそれを認識し、邁進してほしいという気持ちはよくわかりました。 でもね、こんなの試験に出すようなことかな? ●終わった印象=なんかムカツク とにかく納得いかない気持ち。当日はひたすら疲れてたけど、思い返すとホンマに頭に来た。 「理想の日本語教師」のステレオタイプ作って型抜きすんのはやめてくれ!!!!!! これが正直な感想。「優等生の答えを選ばないとペケになる」と思いながら回答し、きゅうくつな気持ちがしたのは私だけなんだろうか? |