ふと疑問に思ったことがある。

なぜ、「おじいちゃんの知恵袋」という言葉はないのか。



男性も女性も同じ様に歳をとり、
おじいさんおばあさんになる頃には
かなりの人生経験を積んでいるはずで、
若者に与える知恵を沢山持っている。


しかし「おばあちゃんの知恵袋」だけが一般的なのは何故か。


色々考えてみた結果(ほんとに考えたのか?)

「おばあちゃんの知恵は、そのほとんどが生活に根ざしているから」

というのが今のところの結論となった。



おばあちゃんであるということは、
大抵の場合「おかあさん」であり、
たとえ子供がいなくておばあちゃんになった場合でも
ある長い期間生活自体(金銭面ではなく家事面で)を
支えてきたというキャリアを持つ人が多い。


「おかあさん」をやっていると
一般に「難しいことを考えなくても出来る職業」と思われがちな
専業主婦であっても、案外学習が必要になってくることに気付く。


例えば、我が家で言えば
ダンゴ達はよく食事時に栄養について質問してくる。

「きゅうりは身体のどこにいいの?」
「豚肉は何に効くの?」


何に効くかと言われても答えにくい質問が目立つが・・・( ̄_ ̄ i)


とりあえず、

「みんなの栄養を考えてご飯を作っているのよ」

と、威張っている(笑)母親としては
それらの質問に答える義務があるわけだ。


すると、

【キャベツに多く含まれる栄養素とその働き】

だとか

【身体の中でミネラルを必要とする部分】

などという知識を持っていなくてはいけない。


肉類を食べた時に梅干を食べさせるのはなぜ?とか・・・



もちろん食事を作るにあたっては、
できるだけ栄養素を取り入れたいと思ってはいるが、
基本的に冷蔵庫にその日あるものと、時間的な関係(笑)で
メニューを決めるわたしのようなタイプは
後から食事の席での辻褄合わせに苦労することとなる。


これが父親なら

「身体にいいから黙って食え」 (`・ω・´)

と一喝すればきっと乗り越えられる。(笑)

しかし、父親不在の食卓は、
父親も知らない栄養学講座のような状況なのである。



食事に限らず、こういうことは日常の中には沢山あって、
ステンレスのシンクに、冷蔵庫の臭い取りに使った後の
ベーキングソーダを振り掛けて磨く理由だとか・・・
(これは節約と研磨のおハナシになってゆく)


そうやって何でも説明を求められている内に
自分もどこかで知識を得ておく必要があるし
だんだんと(多分)賢くなっているのではないかと思われる。


そういう経験が積み重なっていくと
おばあちゃんになるお年頃には立派な知恵袋のできあがり!(多分)



一方、「おじいちゃん」や「おとうさん」が蓄積してゆく知恵は

【会社経営のノウハウ】

だとか

【本音と建前の使い方・見抜き方】

のような社会の中での生活に必要なことが多い。

さらに、経済などに関する知恵は、時代と共に変わることも多く、
普遍の知恵となれるかどうかは分からないのである。


すると、将来的に会社の中で後輩達に指導することはできても
日常的に自分の子供達にとって知恵袋でいられるかどうかは
母親ほど出番は多くないと思う。

第一、男性の場合は「家の中」ではできるだけ
面倒事から逃げようとする傾向にあるのだから仕方ない(笑)。

それに、仕事で培ったノウハウであっても
自分の子供が同じ道を進まない限り、
あまり伝授の必要性が無いこともあり得る。



知恵袋と認められるおじいさんになるため男性は、
スポーツでも、車でも、遊びでも何でもいいから
ある分野で仕事以外に自分が熱中して極めるものが
あった方がいいのではないかと思う。

これは育児中のお父さん達も同じだろう。
家で居場所を確保する為には、
「お母さんが知らないスライダーの投げ方」なんかを
知っているだけで、一瞬にして尊敬されるものだ。(笑)

パンクしたタイヤの直し方でも
キャンプの達人でも、なんでもいい。


そして、

【スイカに塩をかけるかどうか】

というような一見くだらないことについて、

「面倒くさいからかけない」とか
「甘いものに塩なんて理解できない」などと決め付けずに
【スイカに塩をかける理由】(これは本当にある)を
奥さんと一緒に調べてみる姿勢があれば
きっと、数十年後に「物知りおじいさん」の仲間になれると思うし、
そういう人が沢山増えると

「おじいさんの知恵袋」という言葉が
市民権を得るようになるのかもしれない。