今日、ぷーこたん(三男)が、テーブルの上の
コップ(兄の飲み残し)を指差して言った。
「あれ!!」
・・・あのコップ取ってくれ、という意味だと思う。
で、残っていた麦茶も残り1cm未満だったので、
取ってあげた。 (^∇^)ドーゾ。。。
わたしは食後のお皿を片付けていたかなんかで、
数歩テーブルから離れたところで、気付いた。
「コップで飲むの、教えてねーぞっ
」
((((((ノ゚⊿゚)ノ![]()
慌てて引き返すも、時すでに遅し・・・
一気飲みの要領でコップを傾ける
ぷーこたんを目撃。
その後は、ご想像が付くと思いますが・・・・
鼻から下、おなかまでビショビショ・・・・・・![]()
また今日も洗濯増やしてしまった。 不覚!!
でも、この例でも分かるように、
育児も3人目ともなると、ずさん管理なんです(笑)。
「何ができるのか」 把握してない時がある。
と言うよりも、「これは出来るだろう」という
思い込みが強い。
だから、やっちゃうんですね、こういう失敗・・・![]()
明らかに、ぷーこたんではなく、わたしの失敗です。
でも、ふと思った。
数十年生きてきて、今では不思議でも何でもないけど、
「コップで飲む事も、教わるもんなんだ・・・」ということ。
もちろん、見よう見まねでさっさと出来てしまう場合もあると思う。
けれど、力の入れ加減とか、コップの傾け加減とか・・・
何度も学習しないと上手く行きませんよね。
そうやって考えると、
食べる事 ・ お箸の使い方 ・ トイレのしかた
靴の履き方 ・ 顔の洗い方 ・ ストローのさし方・・・
本当に当たり前にしていることも、
自分の親が、手取り足取り教えてくれたんだろうなぁ~と
思うわけです。
寝返り ・ 歩く のように、イベント性のない、
普通の事でも、実は、習得には親子の
たゆまぬ努力(笑)が隠されているんですよね・・・
いつの間に出来るようになったんだろうね?
そうやって、小さい頃に、
生きて行く為の術として覚えた事は、
その時の記憶がないことの方が多いから、つい・・・
「自分で大きくなった」ような、
気がしちゃうんですよね・・・
だけど、絶対にその影で、洗濯物の山に泣きながら
教えてくれた人がいるんだよね。
親かもしれない、祖父母かもしれない。
保育士さんや、近所のおばちゃんかもしれないね。
でも、実に多くの人が、膨大な時間をかけて
育んでくれたからこそ、こうして、生きて行けるんだよね。
最初、じょーにぃ(長男)だけを育てていた頃は、
・寝返りはしましたか?
・ハイハイはしますか?
・一人ですわれますか?
・離乳食は食べていますか?
・つかまり立ちはしますか?
・あるけますか?
・トイレに行けますか?
・オムツはとれましたか?
・
・
・
このリスト、どこまで続くんだろう・・・・って、
正直思いました。
次から次へと、ハードルが
目の前に現れてくる感じで・・・
だけど、考えてなかったな・・・![]()
その間にある、無数のハードル。
大人になってしまった親には
見えないぐらい小さな物でも、
直面している子供たちにとっては、
もしかしたら
すごく高いハードルも、
本当はあったのかも知れないな。
そう考えるとね、上の二人の時は、
見逃してしまった事随分あると思う。
「いつの間にかできるようになってた」
と、安心していた事の数々。
見ていなかっただけで、本当は、子供達が
いっぱい頑張った成果だったんだよね!
今頃気付いても遅いかも知れないけれど、
まだ、ぷーこたんは発展途上。
もちろん、兄達もそれぞれ沢山の事に直面してる。
これからは、育児書のポイントに縛られず、
もっと、「昨日より今日」できるようになっている
「何気ない事」に、目を向けてみよ~っと。
またオモシロイ発見があるかも知れないね!
大人だって、頑張った事、「当たり前」にしか
見てもらえなかった時はガッカリしちゃうもんね。![]()
「いつの間にか」が、少なくなるように頑張ります。![]()
←いつの間にか押すクセがっ!!
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