学者的な音楽 〜生安冨先生に出会うの巻〜 【前編】
昨日姉に誘われて、大阪は高槻で開催された
東大教授の安冨歩さんと、打楽器奏者で即興音楽家の片岡祐介さんの
「魂の脱植民地化で読み解くクラシック名曲シリーズ」【大阪開催の特別研究会】
というものに行ってきました。
文字面で読むとなんだかよくわからないですかね。笑
実際私もどんな会なのかノー知識ノー情報で参加させていただいたんですが、
これが本当に面白かった!
安冨さんは、少し前にアウトデラックスで「女性装の東大教授」として紹介され出演されていたこともあるので、
もしかしたらご存知の方がいるかもしれないですが、
どんな方か詳しく知りたい方は著書を読んだりウェブで調べたりしてね。
だってここでは一言では語れないので。笑
で、なぜ今回その安冨さんの研究会に参加できたかというと、
実は安冨さんは姉のヨガの生徒さんなのです。
まだテレビ出演などされる前から、
姉に「とても面白い人で本も出してはるから読んでみ!」と勧められ、
安冨さん著書『ありのままの私』という本を読んだ私は、
その発想や生き方が最高に素敵だと思ったし、
とても個性的で面白いし、いつかお話ししてみたいなぁと思っていたのです。
そうしたら、たまたま京都に帰っていたタイミングで、姉から
「安冨さんに会いたくない?」という素敵な誘い文句の連絡が来て、
会いたくないわけがない!と、この会に参加する運びとなったのです。
会のテーマは、ベートヴェンの交響曲五番「運命」と、ラヴェルの交響詩「ラ・ヴァルス」を、
魂の脱植民地化の観点で読み解く、というもの。
「魂の脱植民地化」って何ぞや?と思われる方もいると思うのですが、
それについて簡単に説明しようと思うとなかなか難しいのですが、笑
私なりに頑張ってやってみます。
まず「魂の植民地化」とは、
社会で生きている中で、与えられた役割を演じ、それが本当の自分だと錯覚してしまったり、
本来の自分というものを歪めて自己に蓋をして生きているという
【自分が自分でないものになってしまっている状態】であり、
そこから抜け出す、抑え込んだ本来の魂を解放することが「魂の脱植民地化」である、と理解してます。
で、そういった観点で、あの、かの、有名な
「ジャ、ジャ、ジャ、ジャーーーーーン!」の「運命」を読み解く、というのです。
とにかく最初に思ったのは、
「いや、もう、そんな観点で音楽聴いたことないーーー!」
でした。笑
だってベートーヴェンの「運命」を聴いて、
「これは他者からの魂の植民地化(他人から役割を押し付けられるなどのいわゆるハラスメント)と、そこからの脱植民地化を表現してるんじゃないか?!」
なんていう風に思わないですよね。笑
ていうか私はもはやクラッシックの曲の解釈とかしたことないんですが。笑
とにかく、すごく学者的観点で、曲の構成や音階や楽器やなんやを徹底的に研究されていて、
終始驚きと爆笑と目からウロコの連続でした。
安冨先生。
テレビや写真で拝見するよりお綺麗でした。
打楽器奏者なのにピアノを弾く、
しかも鍵盤楽器としてではなくやはり打楽器として弾くという、笑
とても面白い方でした。
曲の出だしの「ジャ、ジャ、ジャ、ジャーーーーーン」の部分についても、
和音がない、コードを付けてないから長調でも短調でもない、
だからインパクト大なテーマになっている、とか、
あぁ、こんな音楽の聴き方があるんだなぁと多大な刺激をいただいたのでした。
私がだらだら説明するより全くもって分かりやすい動画がありましたので是非ご覧ください!